『三国志演義』から正史『三国志』まで、『三国志』に関連する用語を簡単に解説する用語事典の「た」で始まる用語をまとめています。

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た

太尉(たいい)

 公(こう)。定員:1名・秩(ちつ)万石(一品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

軍事の最高責任者。司徒(しと)、司空(しくう)と共に三公(さんこう)の1つに数えられます。

蜀(しょく)では常設されませんでした。

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大火(たいか)

二十八宿の心宿(しんしゅく)(和名:中子星(なかごぼし))の大赤星。

現在のさそり座のアンタレス(体の中心部にある赤い星)にあたり、心星(しんせい)、火星(かせい)、単に火(ひ)とも言います。


さそり座のアンタレス

さそり座のアンタレス
画像出典:HONDA


大駕(たいが)

三駕(さんが)と呼ばれる天子(てんし)(皇帝)の鹵簿(ろぼ)(行列)の1つ。


天子(てんし)(皇帝)が大駕(たいが)に乗る場合には、公卿(こうけい)が先導し、太僕(たいぼく)が御者(ぎょしゃ)をつとめ、大将軍(だいしょうぐん)が一緒に乗りました。

属車(しょくしゃ)(後に続く車)は81乗。その他にも数え切れない供回りの車駕(しゃが)(馬車)や騎兵が付き従います。


後漢(ごかん)では、大行(たいこう)[天子(てんし)(皇帝)崩御の儀礼]の際にのみ、大駕(たいが)を用(もち)いました。

また、『独断(どくだん)』巻下(かんげ)には、光武帝(こうぶてい)の原陵(げんりょう)への参拝の際にも用(もち)いられたことが記(しる)記されています。

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太学(たいがく)

漢(かん)が首都に設(もう)けた、儒家(じゅか)思想を正統学問とした高等教育機関。博士弟子(はくしていし)(太学(たいがく)の学生)に儒教(じゅきょう)や官僚として必要な知識を習得させ、官僚候補生を育成します。

後漢(ごかん)では洛陽城(らくようじょう)(雒陽城(らくようじょう))南の開陽門(かいようもん)の外に建設されました。

また、宦官(かんがん)による朝廷の腐敗が進むと、太学(たいがく)は反宦官(かんがん)勢力(党人(とうじん))の拠点となりました。

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太学生(たいがくせい)


台官 / 臺官(だいかん)

三台(さんだい)(尚書台(しょうしょだい)・御史台(ぎょしだい)・謁者台(えっしゃだい))に所属する官職のこと。

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大饗(だいきょう)

歴代皇帝を合わせ祀(まつ)る儀礼のこと。


大行(たいこう)

1.

天子(てんし)(皇帝)崩御の儀礼。

大行(たいこう)の際には、大駕(たいが)の鹵簿(ろぼ)(行列)が用(もち)いられます。

2.

天子(てんし)が崩御してから、諡(おくりな)が決まるまでの間の尊称。

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太皇太后(たいこうたいごう)

天子(てんし)(皇帝)の祖母に与えられる称号。


大鴻臚(だいこうろ)

 卿(けい)。定員:1名・秩(ちつ)中二千石(三品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

諸侯や異民族との外交を担当する官職。

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太宰丞(たいさいじょう)

 定員:1名・秩(ちつ)三百石(-)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]

太宰令(たいさいれい)にの次官。

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太宰令(たいさいれい)

 定員:1名・秩(ちつ)六百石(-)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]

太常(たいじょう)に属し、鼎(かなえ)(脚のついた鍋(なべ)型の祭器)や俎(まないた)、その他膳立(ぜんだ)てに用(もち)いる道具の作成を監督する官職。祭祀(さいし)の際に供え物を盛るための食器を陳列する。

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太師(たいし)

 上公(じょうこう)。定員:1名・秩(ちつ)万石(一品)

天子(てんし)を善導することを職務とする官職。天子(てんし)の教育係。

前漢(ぜんかん)末期には太師(たいし)・太傅(たいふ)・太保(たいほ)の3職、いわゆる三師(さんし)が置かれていましたが、後漢(ごかん)では廃止されていました。191年に董卓(とうたく)が復活させて自(みずか)ら就任しました。

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太子舎人(たいししゃじん)

 定員:なし(13名)・秩(ちつ)二百石(七品)

皇太子宮(こうたいしきゅう)の守衛にあたる太子少傅(たいししょうふ)の属官。

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太史丞(たいしじょう)

 定員:1名・秩(ちつ)三百石(八品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

太史令(たいしれい)の次官。

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大司農(だいしのう)

 卿(けい)。定員:1名・秩(ちつ)中二千石(三品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

国家財政を管理する官職。

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大司馬(だいしば)

 上公(じょうこう)。定員:1名・秩(ちつ)万石(一品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

非常置の軍事の最高職。大司馬(だいしば)の職責には時代によって変化があり、後漢(ごかん)においては太尉(たいい)に置きかえられていました。

189年に董卓(とうたく)によって復活されると、太尉(たいい)と大司馬(だいしば)が同時に任命されるようになり、大司馬(だいしば)は大将軍(だいしょうぐん)の上位に位置する軍事の最高職となりました。

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大射(たいしゃ)

儀礼の1つ。

君主が臣下を集めて開いた宴(うたげ)で、臣下に3度的(まと)を射(い)させて競(きそ)わせる行事のこと。

勝者には上級の祭祀(さいし)に出席する資格が与えられ、敗者は罰杯を飲まされました。


太守(たいしゅ)

 定員:1名・秩(ちつ)二千石(五品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

郡の行政官。郡民の統治、官吏の推挙、犯罪の取り締まりなどにあたります。

官秩(かんちつ)(秩石(ちっせき))が二千石(にせんせき)であることから、太守(たいしゅ)のことを「二千石(にせんせき)」とも言います。


太祝丞(たいしゅくじょう)

 定員:1名・秩(ちつ)三百石(七品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]

太祝令(たいしゅくれい)の次官。

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太祝令(たいしゅくれい)

 定員:1名・秩(ちつ)六百石(七品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]

太常(たいじょう)に属し、祭祀(さいし)の際に祝詞(のりと)を読み上げ、神霊を送迎することを担当する官職。

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太常(たいじょう)

 卿(けい)。定員:1名・秩(ちつ)中二千石(三品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

礼儀・祭祀(さいし)を管理する官職。祭祀(さいし)を執(と)り行うにあたって天子(てんし)の補助をします。

属官
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大将軍(だいしょうぐん)

 上公(じょうこう)。定員:1名・秩(ちつ)万石(一品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

謀反(むほん)(反乱)を征伐することを職務とする将軍(しょうぐん)を統帥する最高司令官。

後漢(ごかん)第4代皇帝・和帝(わてい)期に竇憲(とうけん)が大将軍(だいしょうぐん)に就(つ)いて以降、大将軍(だいしょうぐん)は外戚(がいせき)の長が任命されるようになり、幼(おさな)い皇帝の元、絶大な権力を握るようになりました。

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太常主簿(たいじょうしゅぼ)

 定員:1名・-(八品)

[後漢(ごかん)=×・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]

太常(たいじょう)の属官。太常(たいじょう)業務の庶事を取り仕切ります。

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太常丞(たいじょうじょう)

 定員:1名・秩(ちつ)比千石(七品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

太常(たいじょう)の次官。儀礼の執行ならびに祭祀(さいし)の細かい事柄と、官署の事務を担当する。

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太史令(たいしれい)

 定員:1名・秩(ちつ)六百石(六品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

天地自然の法則と星の運行を観察し、暦(こよみ)の作成を担当する官職。太常(たいじょう)に属します。

属官には、太史丞(たいしじょう)、明堂丞(めいどうじょう)、霊台丞(れいだいじょう)があります。

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太祖(たいそ)

初代の天子(てんし)(皇帝)の死後に贈られる廟号(びょうごう)の1つ。


曹操(そうそう)は帝位に就かなかったため魏(ぎ)の初代天子(てんし)(皇帝)は曹丕(そうひ)ですが、実質的な初代天子(てんし)(皇帝)として、曹操(そうそう)にも「太祖(たいそ)」の廟号(びょうごう)が贈られました。

後漢(ごかん)から魏(ぎ)・蜀(しょく)・呉(ご)の三国時代において、孫権(そんけん)も「太祖(たいそ)」の廟号(びょうごう)を贈られていますが、正史(せいし)『三国志(さんごくし)』で「太祖(たいそ)」と言えば、曹操(そうそう)のことを指します。

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大喪(たいそう)

儀礼の1つ。

天子(てんし)(皇帝)や皇太后(こうたいごう)、太皇太后(たいこうたいごう)の葬儀(そうぎ)のこと。


大戴記(だいたいき)


大朝会(だいちょうかい)

毎年元旦に執(と)り行われる儀礼のこと。公卿(こうけい)以下、百官が一堂に会して天子(てんし)(皇帝)に朝賀(お祝いの言葉を述(の)べること)します。

また、毎月朔日(さくじつ)(朔日(ついたち))には朝会(ちょうかい)が執(と)り行われました。

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大帝(たいてい / だいてい)

1.

立派な功績を残した偉大な皇帝を指(さ)す称号。

2.

中華の天子(てんし)(皇帝)の諡号(しごう)の1つ。

『三国志(さんごくし)』にゆかりの深い大帝(たいてい)には、

  • 呉(ご)の初代皇帝・太祖大皇帝(たいそだいこうてい)【孫権(そんけん)】

がいます。

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太微(たいび)

天子(てんし)(皇帝)の宮廷を象徴する星のこと。


太傅(たいふ)

 上公(じょうこう)。定員:1名・秩(ちつ)万石(一品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

天子(てんし)を善導することを職務とする官職。天子(てんし)の教育係。通常、天子(てんし)が即位すると任命されます。

前漢(ぜんかん)末期には太師(たいし)・太傅(たいふ)・太保(たいほ)の3職、いわゆる三師(さんし)が置かれていましたが、後漢(ごかん)では太傅(たいふ)に統合され、録尚書事(ろくしょうしょじ)を加えられて国政全般を取り仕切るようになりました。

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太平道(たいへいどう)

後漢(ごかん)末期(170年頃)に張角(ちょうかく)が創始した『太平清領書(たいへいせいりょうしょ)』を教典とする道教(どうきょう)の一派。

華北(かほく)を中心に多くの民衆に信仰され、信徒数十万を抱(かか)えるようになると、張角(ちょうかく)は信徒たちを36の方(ほう)(集団)に編成し、後漢(ごかん)王朝打倒のスローガンを掲(かか)げて反乱(黄巾(こうきん)の乱)を起こしました。

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太保(たいほ)

 上公(じょうこう)。定員:1名・秩(ちつ)万石(一品)

[後漢(ごかん)=×・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]

天子(てんし)を善導することを職務とする官職。天子(てんし)の教育係。

前漢(ぜんかん)末期には太師(たいし)・太傅(たいふ)・太保(たいほ)の3職、いわゆる三師(さんし)が置かれていましたが、後漢(ごかん)では廃止されていました。

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太僕(たいぼく)

 卿(けい)。定員:1名・秩(ちつ)中二千石(三品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]

天子(てんし)の車駕(しゃが)(乗り物)の管理をする官職。

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大予楽丞(だいよがくじょう)

 定員:1名・秩(ちつ)三百石(七品)

[後漢(ごかん)=○ 魏(ぎ)=太楽丞(たいがくじょう) 蜀(しょく)=? 呉(ご)=?]

大予楽令(だいよがくれい)の次官。

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大予楽令(だいよがくれい)

 定員:1名・秩(ちつ)六百石(七品)

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=太楽令(たいがくれい)・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]

太常(たいじょう)に属し、祭祀(さいし)や大饗(だいきょう)(大規模な宴会)の際に音楽の演奏を監督する官職。

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大戴礼記(だたいらいき)

孔子(こうし)と孔子(こうし)の弟子たちが記(しる)した200篇(へん)の著述(ちょじゅつ)を80篇(へん)に要約したもの。

前漢(ぜんかん)の戴徳(たいとく)の撰(せん)。『大戴記(だいたいき)』とも言い、現在13篇(へん)が現存しています。


蛇矛(だぼう)

『三国志演義(さんごくしえんぎ)』で張飛(ちょうひ)が使っていたことで有名な、穂先(ほさき)が蛇(へび)のようにうねった矛(ほこ)。

柄(え)は木製で全体の長さは約5.6mもあり、穂先(ほさき)は鋼鉄製で長さは約25cm。蛇(へび)のようにうねった穂先には、刺したときの傷を深く複雑にすることで敵のダメージを大きくする効果がありました。

ですが、蛇矛(だぼう)が出現するのは15世紀・明(みん)代(1368年〜1644年)に入ってからで、残念ながら正史『三国志(さんごくし)』には張飛(ちょうひ)が蛇矛(だぼう)を使っていたという記録はありません。


蛇矛(だぼう・じゃぼう)

蛇矛(だぼう)

画像出典元:中国サイト隋我网

蛇矛(だぼう)には、穂先(ほさき)が蛇(へび)の舌のように2つに分かれているバリエーションもあります。

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【三国志用語事典】総索引

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