『三国志演義』から正史『三国志』まで、『三国志』に関連する用語を簡単に解説する用語事典の「こ」で始まる用語をまとめています。

スポンサーリンク

胡(こ)


後宮(こうきゅう)

天子てんし皇后こうごう妃嬪ひひんたちが家庭生活を営む場所のこと。

前漢ぜんかんの首都・長安城ちょうあんじょうでは皇后こうごうの居所である椒房宮しょうぼうきゅうと、妃嬪ひひんの居所である掖庭殿えきていでんがあり、後漢ごかんの首都・洛陽城らくようじょう雒陽城らくようじょう)では南宮なんきゅうの内部にありました。

関連用語

公卿大臣(こうけいだいじん)

三公さんこう九卿きゅうけいのこと。高級官僚の総称。

関連用語

侯国相(こうこくしょう)

 定員:1名・ちつ千石(六品)/ 四百石(七品?)/ 三百石(八品)

列侯れっこうほうぜられた者の代わりに派遣される県の行政官。職務は県令けんれいまたは県長けんちょうと同じです。

関連記事

郊祭(こうさい)


郊祀(こうし)

天と地を都の郊外でまつ祭祀さいしのこと。都の南で「天」をまつ南郊なんこうと、都の北で「地」をまつ南郊なんこうがあります。

宗廟そうびょう祭祀さいしとともに祭祀さいしの中で最も重視され、前漢ぜんかん元帝げんてい成帝せいてい期以降から儒家じゅか的に改善され、王莽おうもうによって集大成されました。


功次(こうじ)

功績と勤続期間のこと。

かん代において、日常的な人事は功次こうじもとづいて行われました。


郊天(こうてん)

南郊なんこうのこと。

南郊なんこうは首都の南で天(昊天上帝こうてんじょうてい)をまつ祭祀さいしで、郊祀こうし郊祭こうさい)の1つ。

後漢ごかんでは洛陽城らくようじょう雒陽城らくようじょう)の南方7里に円形のだんもうけられ、年に1度、正月の最初のていまたはしんの日に天をまつりました。

また、南郊壇なんこうだんには五帝ごてい高祖こうそまつられていました。


公田(こうでん)

中央政府が管理する田地でんちのこと。

少府しょうふ水衡都尉すいこうといが管理する公田こうでんと、大司農だいしのうとその属官が管理する公田こうでんがありました。


郊廟(こうびょう)

郊祀こうし宗廟祭祀そうびょうさいしのこと。

関連記事

高廟(こうびょう)

前漢ぜんかん高祖こうそ劉邦りゅうほう)のびょう宗廟そうびょう)こと。

後漢ごかんでは、前漢ぜんかん時代に長安ちょうあんに建設された高廟こうびょう故高廟ここうびょうと呼び、後漢ごかん時代に光武帝こうぶていによって洛陽らくよう雒陽らくよう)に建設されたものを高廟こうびょうと呼びます。

洛陽らくよう高廟こうびょうには、前漢ぜんかん高祖こうそ文帝ぶんてい武帝ぶてい宣帝せんてい元帝げんてい合祀ごうしされました。

関連記事

高廟令(こうびょうれい)

 定員:1名・ちつ六百石(-)

後漢ごかん=○・=×・しょく=×・=×]

太常たいじょうに属し、前漢ぜんかん高祖こうそ劉邦りゅうほう)のびょうを守衛し、巡察と清掃を担当する官職。

関連用語
関連記事

【後漢・三国時代の官職08】太常 > 高廟令


口賦(こうふ)


広陽門 / 廣陽門(こうようもん)

後漢ごかん洛陽城らくようじょう雒陽城らくようじょう)の外周の門の1つで、西側の城壁に3つある城門のうち、南側にある城門のこと。

関連記事

洛陽らくよう雒陽らくよう)の城門の配置図はこちら。


耗門(こうもん)

後漢ごかん洛陽城らくようじょう雒陽城らくようじょう)の外周の門の1つで、東側の城壁に3つある城門のうち、南側にある城門のこと。

関連記事

洛陽らくよう雒陽らくよう)の城門の配置図はこちら。


孝廉(こうれん)

郷挙里選きょうきょりせんの徳目の1つ。または、孝廉こうれんに推挙された人物のこと。

太守たいしゅ国相こくしょうが、管轄する郡国の下級官吏や民衆の中から「孝行で欲が少なく正直な人物」を推挙するもので、孝廉こうれんで推挙された者は、多くの場合ろう郎官ろうかん)に任命されます。

孝廉こうれんに推挙される者は、郡国の人口が

  • 30万人以上であれば1年に1人
  • 10万人以上であれば2年に1人
  • 10万人未満であれば3年に1人

というせまき門でした。

関連用語

孝廉郎(こうれんろう)

孝廉こうれんに推挙され、ろう郎官ろうかん)に任官した者のこと。

関連用語

光禄勲(こうろくくん)

 けい。定員:1名・ちつ中二千石(三品)

後漢ごかん=○・=○・しょく=○・=○]

属官:じょう1名。比千石(七品)

宮殿の門戸もんこの宿衛をつかさどり、殿中侍衛の士を取り仕切る官職。

光禄勲府こうろくくんふには、

五官中郎将ごかんちゅうろうしょう左中郎将さちゅうろうしょう右中郎将うちゅうろうしょう

南中郎将なんちゅうろうしょう北中郎将ほくちゅうろうしょう虎賁中郎将こほんちゅうろうしょう

羽林中郎将うりんちゅうろうしょう羽林左監うりんさかん羽林右監うりんゆうかん奉車都尉ほうしゃとい

駙馬都尉ふばとい騎都尉きとい太中大夫たいちゅうたいふ中散大夫ちゅうさんたいふ

諌議大夫かんぎたいふ議郎ぎろう謁者僕射えっしゃぼくや冗従僕射じょうじゅうぼくや

守宮令しゅきゅうれい黄門令こうもんれい掖庭令えきていれい清商令せいしょうれい

暴室令ぼうしつれい華林園令かりんえんれい

が属しています。

関連用語

後漢(ごかん)

中華の古代王朝の1つ。

前漢ぜんかん簒奪さんだつした王莽おうもうの時代は長くは続かず、反乱が続発して敗死。その後の混乱を収めた劉秀りゅうしゅう光武帝こうぶてい)がかん中興ちゅうこうさせました。首都は洛陽らくよう雒陽らくよう)。

王莽おうもうの時代に失った西域せいいきを回復し、儒家思想じゅかしそうを重視して徳による支配を進めましたが、幼少の天子てんしが続くようになると、度重なる異民族の侵入や外戚がいせき宦官かんがんの専横を許して衰退すいたいし、各地に群雄が割拠するようになりました。

そして、献帝けいてい魏王ぎおう曹丕そうひ禅譲ぜんじょうしてが建国されると、しょくも相次いで建国し、三国時代に突入します。

この光武帝こうぶてい中興ちゅうこうした後のかんを、現在では後漢ごかんと言い分けています。

関連用語

五行思想(ごぎょうしそう)

あらゆるものは木・火・土・金・水の五つの元素の一定の循環法則に従って変化するという思想。この思想は国家にも適用され、中国の王朝はそれぞれの元素に対応する「徳」を持っていました。

そのため「火徳かとく」を持つ後漢ごかんに対して反乱を起こした太平道は、「土徳どとく」を象徴する黄色い頭巾を身につけたのです。

関連記事

黄巾賊が掲げたスローガンと五行思想(五行説)の謎


五行説(ごぎょうせつ)


古今注(こきんちゅう)

歴代の輿服よふくや都市・音楽・鳥獣などを記録した書。全3巻でしたが散佚さんいつしてしまいました。崔豹さいひょうの撰。


五刑(ごけい)

書経しょきょう周礼しゅらいしるされた古代中国で行われていた、

  • 黥刑げいけい墨刑ぼくけい(顔に刺青いれずみを入れる刑罰)
  • 劓刑ぎけい(鼻をぐ刑罰)
  • 刖刑げつけい(脚を切る刑罰)
  • 宮刑きゅうけい腐刑ふけい(男性は去勢、女性は幽閉する刑罰)
  • 大辟たいへき(処刑)

の5つの刑罰のこと。

刖刑げつけいには、膝蓋骨しつがいこつひざの皿)を取り去る臏刑ひんけいと、アキレスけんを切る、または足・脚を切断する剕刑ひけいがあります。

宮刑きゅうけいは、狭義には「宮中での労働をす刑罰」でしたが、その際男性の罪人は去勢をともなうことから、次第に宮刑きゅうけい腐刑ふけいは同じ意味に使われるようになりました。


胡市(こし)

国境のかん(関所)にもうけられた漢人かんじん非漢人ひかんじんが交易するための市場いちばのこと。

胡市こしでは官民ともに武器をかんの外に持ち出すことを禁止されていました。


笏(こつ)


虎符(こふ)

虎の形をした銅製の割符わりふのこと。銅虎符どうこふとも言います。

太守たいしゅが兵士を徴発する際や、京師けいし洛陽らくよう)から派遣された督軍使者とくぐんししゃ太守たいしゅに徴兵を要求する際に必要とされました。


虎賁中郎将(こほんちゅうろうしょう)

 定員:1名・ちつ比二千石(五品)

後漢ごかん=○・=○・しょく=○・=?]

属官:司馬しば1名・七品。

光禄勲こうろくくんに属し、天子てんしの衛兵である虎賁こほんを統率する。

しょくにも同名の官職が置かれていました。

関連用語

故吏(こり)

辟召へきしょうによって取り立てられた者のこと。

故吏こりは(取り立ててくれた)上司の官職が高ければ高いほど出世が約束され、またその上司が罪を受ければそれに連座するなど、非常に強い結びつきを持っていました。

関連用語


スポンサーリンク


【三国志用語事典】総索引

【三国志用語事典】総索引