後漢(ごかん)・三国時代の太常(たいじょう)の職務と太常府(たいじょうふ)の属官・属吏についてまとめています。

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太常(たいじょう)

職務

太常(たいじょう)は九卿(きゅうけい)の1つに数えられる官職で、礼儀(大射(たいしゃ)*1、養老(ようろう)*2、大喪(たいそう)*3)と祭祀(さいし)の統括を担当します。

  • 礼儀や祭祀(さいし)を取り仕切り、常に天子(てんし)の補助をする。
  • 月末に陵園(りょうえん)と宗廟(そうびょう)を巡察する。
  • 試験により博士(はくし)を選定する。

太常(たいじょう)・光禄勲(こうろくくん)・衛尉(えいい)の3つの卿(けい)は、太尉(たいい)の管轄になります。

脚注

*1 儀礼の1つ。君主が臣下を招いてもよおした宴。その席上で新家に3度にわたって的を射させた。

*2 儀礼の1つ。人徳・年齢共に高い人物を選び、皇帝がみずからもてなし表彰する。

*3 儀礼の1つ。皇帝・皇太后・太皇太后の葬儀。

基本情報

詳細が不明の箇所は空白にしています。

  後漢(ごかん) 魏(ぎ) 蜀(しょく) 呉(ご)
定員 1人 1人 1人 1人
秩石
品秩
中二千石 三品    
印綬 銀印青綬      

太常の変遷

太常(たいじょう)は、前漢(ぜんかん)初期から三国時代まで、次のように改称されています。

時期 名称
前漢(ぜんかん)初期 奉常(ほうじょう)
景帝(けいてい)以降 太常(たいじょう)
王莽(おうもう) 秩宗(ちつそう)
後漢(ごかん) 太常(たいじょう)
曹操(そうそう)魏公(ぎこう)以降 奉常(ほうじょう)
魏(ぎ) 太常(たいじょう)
他の官職についてはこちら

【後漢・三国時代の官職】目次


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太常府

以下は『続漢書(ぞくかんじょ)』百官志(ひゃっかんし)と「ちくま学芸文庫『正史 三国志8』三国官職表」を基に作成しています。【】内は【定員・官秩・品秩】、[]内はそれぞれの王朝での情報になります。

『続漢書(ぞくかんじょ)』百官志(ひゃっかんし)と『三国官職表(さんごくかんしょくひょう)』で情報が違う場合は、()内に『三国官職表(さんごくかんしょくひょう)』の情報を記載します。

太常の属吏

太常丞(たいじょうじょう)

【1名・比千石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


太常(たいじょう)の次官。儀礼の執行ならびに祭祀(さいし)の細かい事柄と、官署の事務を担当する。

また、『漢舊儀(かんきゅうぎ)』には「太常丞(たいじょうじょう)は宗廟(そうびょう)内の不法行為を行う者を摘発する」とあります。


太常主簿(たいじょうしゅぼ)

【1名・-・八品】

[後漢(ごかん)=×・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


庶事を取り仕切る。

魏(ぎ)において太常丞(たいじょうじょう)の事務の役割を分けて設置されたものと思われます。


その他

その他の掾(えん)・史(し)は状況に応じて定員を定めます。


『漢官(かんかん)』には、太常(たいじょう)に所属する員吏(いんり)は85名とあり、その内訳は以下のようになっています。

  • 四科(しか):12名
  • 佐(さ):15名
  • 假佐(かさ)(仮佐(かさ)):5名
  • 百石(ひゃくせき):13名
  • 騎吏(きり):15名
  • 学事(がくじ):9名
  • 守学事(しゅがくじ):16名

太常の属官

太史令(たいしれい)

【1名・六百石・六品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]


天地自然の法則と星の運行の観察、暦(こよみ)の作成を担当する。

  • 新年の暦(こよみ)を作成する。
  • 祭祀(さいし)・葬礼・婚礼の、良い日取りや禁忌(きんき)を報告する。
  • 国に起こった瑞祥(ずいしょう)(吉兆)や災異(さいい)を記録する。
属官
太史丞(たいしじょう)

【1名・三百石・八品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=○・呉(ご)=○]


太史令(たいしれい)の次官。


『漢官(かんかん)』には太史待詔(たいしたいしょう)に所属する員吏(いんり)は37名とあり、その内訳は以下のようになっています。

  • 治歴(ちれき):6名
  • 亀卜(きぼく):3名
  • 盧宅(ろたく):3名
  • 日時(じつじ):4名
  • 易筮(えきぜい):3名
  • 点禳(てんじょう):2名
  • 籍氏(せきし)、許氏(きょし)、典昌氏(てんしょうし):各3名
  • 嘉法(かほう)、請雨(せいう)、解事(かいじ):各2名
  • 醫(い)(医(い)):1名
明堂丞(めいどうじょう)

【1名・二百石・-】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


明堂(めいどう)を守衛します。

明堂(めいどう)とは、王者が国家の典礼に関する重要な行事を行う建物のこと。後漢(ごかん)では、洛陽城(らくようじょう)南壁の開陽門(かいようもん)の外に建設されていました。


『漢官(かんかん)』には明堂丞(めいどうじょう)に所属する員吏(いんり)は42名とあり、その内訳は以下のようになっています。

  • 百石(ひゃくせき):2名
  • 斗食(としょく):2名
  • 佐(さ):23名
  • 有秩(ゆうちつ):9名
  • 学事(がくじ):2名
  • 守学事(しゅがくじ):4名

またこの他に、

  • 宰(さい):242名
  • 屠者(としゃ):73名
  • 衛士(えいし):15名

が所属しています。

霊台丞(れいだいじょう)

【1名・二百石・八品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=太史霊台丞(たいしれいだいじょう)・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


霊台(れいだい)を守衛します。

霊台(れいだい)とは、天文と気象を観測するための物見台のことで、太陽・月・星・気を観測します。後漢(ごかん)では、洛陽城(らくようじょう)南壁の開陽門(かいようもん)の外に建設されていました。


『漢官(かんかん)』には霊台待詔(れいだいたいしょう)に所属する員吏(いんり)は41名とあり、その内訳は以下のようになっています。

  • 候星(こうせい):14名
  • 候日(こうじつ):2名
  • 候風(こうふう):3名
  • 候気(こうき):12名
  • 候晷景(こうきけい):3名
  • 候鍾律(こうしょうりつ):7名
  • 舎人(しゃじん):1名

博士祭酒(はくしさいしゅ)

【1名・六百石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=太学博士祭酒(たいがくはくしさいしゅ)・蜀(しょく)=?・呉(ご)=博士祭酒(はくしさいしゅ)]


太学(たいがく)の博士(はくし)の中から選ばれ、国の学問を取り仕切る。

前漢(ぜんかん)では博士僕射(はくしぼくや)と呼称されていました。

属官
博士(はくし)

【14名(19名)・比六百石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=太学博士(たいがくはくし)(19名)・蜀(しょく)=博士(はくし)(不明)・呉(ご)=博士(はくし)(不明)]


太学(たいがく)の学生(博士弟子(はくしていし))に儒教(じゅきょう)や官僚として必要な知識を教え、国に疑義(疑問に思われること)があれば意見を求められます。


  • 易(えき)の博士(はくし):施氏(しし)・孟氏(もうし)・梁丘氏(りょうきゅうし)・京氏(けいし)
  • 尚書(しょうしょ)の博士(はくし):魯(ろ)・斉(せい)・韓氏(かんし)
  • 禮(れい)(礼(れい))の博士(はくし):大戴氏(だいたいし)・小戴氏(しょうたいし)
  • 春秋(しゅんじゅう)の博士(はくし):公羊厳氏(こうようげんし)・顔氏(がんし)

     

魏(ぎ)に置かれた博士(はくし)【定員4名・比六百石・六品】は後漢(ごかん)の博士(はくし)とは別で、天子(てんし)の車を先導し、王(おう)以下の諡号(しごう)を議定します。


太祝令(たいしゅくれい)

【1名・六百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


祭祀(さいし)の際に祝詞(のりと)を読み上げ、神霊を送迎します。

また、『漢舊儀(かんきゅうぎ)』には「太祝令(たいしゅくれい)は宗廟(そうびょう)の祭祀(さい)の際に、席と酒の管理をする」とあります。

属官
太祝丞(たいしゅくじょう)

【1名・三百石・九品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


太祝令(たいしゅくれい)の次官。格下の神を言祝ことほぐ(喜びや祝いの言葉を述べる)ことを担当する。


『漢官(かんかん)』には、太祝令(たいしゅくれい)に所属する員吏(いんり)が以下のように記(しる)されています。

  • 百石(ひゃくせき):2名
  • 斗食(としょく):2名
  • 佐(さ):22名
  • 学事(がくじ):2名
  • 守学事(しゅがくじ):4名
  • 有秩(ゆうちつ):9名
  • 祝人(しゅくじん):150名
  • 宰(さい):242名

太宰令(たいさいれい)

【1名・六百石・-】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


鼎(かなえ)(脚のついた鍋(なべ)型の祭器)や俎(まないた)、その他膳立(ぜんだ)てに用もちいる道具の作成を統括し、祭祀(さいし)の際に供え物を盛るための食器を陳列する。

太宰令(たいさいれい)は『三国官職表(さんごくかんしょくひょう)』には記載されていません。

属官
太宰丞(たいさいじょう)

【1名・三百石・-】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


太宰令(たいさいれい)の次官。


協律都尉(きょうりつとい)

【1名・-・六品】

[後漢(ごかん)=×・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


音律の調和、楽人の監督をします。


大予楽令(だいよがくれい)

【1名・六百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=太楽令(たいがくれい)・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


祭祀(さいし)の際に音楽の演奏を取り仕切り、大饗(だいきょう)においては楽器を陳列します。


『漢官(かんかん)』には、大予楽令(だいよがくれい)に所属する員吏(いんり)が以下のように記(しる)されています。

  • 百石(ひゃくせき):2名
  • 斗食(としょく):2名
  • 佐(さ):7名
  • 学事(がくじ):10名
  • 守学事(しゅがくじ):4名
  • 楽人八佾舞(がくじんはちいつぶ):380名

『漢大楽律(かんだいがくりつ)』には、

「卑賤(ひせん)な者の子、宗廟(そうびょう)で執(と)り行う酎(ちゅう)(飲酎(いんちゅう))で舞(ま)うことができない。官秩が二千石から六百石までの吏(り)に任用された者の子、ならびに爵位(しゃくい)が関内侯(かんだいこう)から五大夫(ごたいふ)までの者の子で、嫡子(ちゃくし)のうち身長5尺以上かつ、12歳から30歳までの者のうち、顔つきが和(なご)やかで健康な者が舞人(ぶじん)に採用された」

とあります。

関連記事

秦・漢代の爵位「二十等爵」と軍隊における爵位

属官
大予楽丞(だいよがくじょう)

【1名・三百石・九品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=太楽丞(たいがくじょう)・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


大予楽令(だいよがくれい)の次官。


高廟令(こうびょうれい)

【1名・六百石・-】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


前漢(ぜんかん)の高祖(こうそ)(劉邦(りゅうほう))の廟(びょう)(お墓)を守衛し、巡察と清掃を担当する。

『漢官(かんかん)』には、高廟令(こうびょうれい)に所属する員吏(いんり)は4名、衛士(えいし)は15名とあります。


世祖廟令(せいそびょうれい)

【1名・六百石・-】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


後漢(ごかん)の世祖(せいそ)(光武帝(こうぶてい))の廟(びょう)(お墓)を守衛し、巡察と清掃を担当する。

『漢官(かんかん)』には、世祖廟令(せいそびょうれい)に所属する員吏(いんり)は6名、衛士(えいし)は20名とあります。


太廟令(たいびょうれい)

【1名・六百石・七品】

[後漢(ごかん)=×・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=志高廟令(しこうびょうれい)(1)、昭烈帝廟令(しょうれつていびょうれい)(1)・呉(ご)=○]

太廟令の属官
  • 斎郎(さいろう)【不明・-・八品】
  • 行夜督郎(こうやとくろう)【不明・-・九品】

陵園令(りょうえんれい)

【1名・六百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=園邑令(えんゆうれい)・蜀(しょく)=園邑令(えんゆうれい)・呉(ご)=園邑令(えんゆうれい)]


先帝(せんてい)の陵園(りょうえん)(歴代皇帝のお墓)ごとに1名ずつ置かれ、陵園(りょうえん)を守衛し、巡察と清掃を担当する。

属官
陵園丞(りょうえんじょう)

【1名・三百石・九品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=園邑丞(えんゆうじょう)・蜀(しょく)=園邑丞(えんゆうじょう)・呉(ご)=園邑丞(えんゆうじょう)]


陵園令(りょうえんれい)の次官。

校長(こうちょう)

【1名・二百石・-】

軍事と盗賊の取り締まりを担当する。


食官令(しょくかんれい)(食監(しょくかん))

【1名・六百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]

毎月15日と月末に祭祀(さいし)を行う。

属官
  • 監丞(かんじょう)(食監丞(しょくかんじょう))【1名・三百石・-】
  • 中黄門(ちゅうこうもん)【8名・-・-】
  • 従官(じゅうかん)【2名・-・-】

属官一覧表

詳細が不明の箇所は空白にしていますが、他の史料で情報を見つけ次第随時追記します。

官職名下の数字は定員です。

官職名 秩石 備考
品秩
太常丞(たいじょうじょう)
(1)
比千石
  • 儀礼・祭祀(さいし)の小事を司(つかさど)り、諸曹を取り仕切る。
  • 蜀しょく・呉ご=不明。
七品
太常主簿(たいじょうしゅぼ)
(1)
 
  • 庶事を取り仕切る。
  • 蜀しょく・呉ご=不明。
  • 魏(ぎ)のみ。
八品
博士(はくし)
(4)
比六百石
  • 曹丕(そうひ)が設置。
  • 天子てんしの車を先導し、王公以下の諡号しごうを決める。
  • 蜀しょく・呉ご=無。
  • 魏(ぎ)のみ。後漢(ごかん)の博士(はくし)とは別。
六品
協律都尉(きょうりつとい)
(1)
 
  • 曹操(そうそう)が設置。
  • 音律の調和、楽人の監督を司つかさどる。
  • 蜀しょく・呉ご=無。
  • 魏(ぎ)のみ。
六品
太史令(たいしれい)
(1)
六百石
  • 時節・天文星暦を司(つかさど)り、新年の暦(こよみ)を作成する。
  • 吉凶の日を知らせ、瑞兆ずいちょう・災異を記録する。
  • 蜀しょく・呉ご=同名。
六品
属官 太史丞(たいしじょう)
1
二百石
  • 太史令(たいしれい)の次官。
  • 蜀しょく=不明。呉ご=同名。
八品
属官 明堂丞(めいどうじょう)
1
二百石
  • 明堂(めいどう)を守衛する。
  • 後漢(ごかん)のみ。
–
属官 霊台丞(れいだいじょう)
1
二百石
  • 霊台(れいだい)を守衛する。
  • 後漢(ごかん)のみ。
八品
属官 太史霊台丞(たいしれいだいじょう)
1
二百石
  • 天文の観察、暦(こよみ)の頒布(はんぷ)を司(つかさど)る。
  • 蜀しょく・呉ご=不明。
  • 後漢(ごかん)=無。
八品
博士祭酒(はくしさいしゅ)
(1)
六百石
  • 博士(はくし)より選ばれ、国士学を取り仕切る。
  • 魏(ぎ)=太学博士祭酒たいがくはくしさいしゅ・蜀しょく=不明。呉ご=博士祭酒はくしさいしゅ。
五品
属官 博士(はくし)
19
比六百石
  • 五経を官僚の子弟に教育する。
  • 魏(ぎ)=太学博士たいがくはくし
  • 蜀しょく=博士はくし。定員不明。劉備りゅうび蜀しょく平定時。
  • 呉ご=博士はくし。定員不明。永安えいあん5年(262年)設置。
五品
太廟令(たいびょうれい)
(1名)
六百石
  • 廟堂(びょうどう)を守護し、巡察・清掃を司(つかさど)る。
  • 蜀しょく=志高廟令しこうびょうれい、昭烈帝廟令しょうれつていびょうれい
  • 呉ご=太廟令たいびょうれい。
  • 後漢(ごかん)=無。
七品
属官 斎郎(さいろう)
不明
–
  • 後漢(ごかん)=無。
八品
属官 行夜督郎(こうやとくろう)
不明
–
  • 後漢(ごかん)=無。
九品
太祝令(たいしゅくれい)
(1)
六百石
  • 国の祭祀(さいし)の時祝詞(のりと)を読み、神を迎送する。
  • 蜀しょく・呉ご=不明。
七品
属官 太祝丞(たいしゅくじょう)
1
 
  • 小神の時に祝詞のりとを読む。
九品
太楽令(たいがくれい)
(1)
六百石
  • 国の祭祀(さいし)及び大宴の時、奏楽を司(つかさど)る。
  • 蜀しょく・呉ご=不明。
五品
属官 太楽丞(たいがくじょう)
1
 
  • 蜀(しょく・呉ご=不明。
九品
陵園令りょうえんれい)
(1)
六百石
  • 陵園を守り、巡察・清掃を司(つかさど)る。
  • 魏(ぎ)・蜀しょく・呉ご=園邑令えんゆうれい。
五品
属官 陵園丞りょうえんじょう)
1
 
  • 魏(ぎ)・蜀しょく・呉ご=園邑丞えんゆうじょう。
九品
他の官職についてはこちら

【後漢・三国時代の官職】目次


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【後漢・三国】太常一覧表

後漢

天子 名前 在位
光武帝(こうぶてい) 邳彤(ひとう) 25年
桓栄(かんえい) 54年〜59年
明帝(めいてい) 周沢(しゅうたく) 67年〜75年
明帝(めいてい) 楼望(ろうぼう) 75年〜80年
章帝(しょうてい)
章帝(しょうてい) 丁鴻(ていこう) 87年〜92年
和帝(わてい)
和帝(わてい) 桓郁(かんいく) 92年〜93年
張奮(ちょうふん) 93年〜94年
巣堪(そうかん) 98年
戴封(たいほう) 100年
殤帝(しょうてい) 尹勤(いんきん) ?〜106年
殤帝(しょうてい) 魏覇(ぎは) 106年〜107年
安帝(あんてい)
安帝(あんてい) 周章(しゅうしょう) 107年
劉愷(りゅうがい) 107年〜112年
李郃(りこう) ?〜117年
楊震(ようしん) 120年
朱倀(しゅちょう) 120年〜121年
馮石(ふうせき) 124年
安帝(あんてい) 桓焉(かんえん) 124年〜126年
順帝(じゅんてい)
順帝(じゅんてい) 劉光(りゅうこう) 126年〜127年
王龔(おうきょう) 127年〜129年
孔扶(こうふ) 129年〜133年
桓焉(かんえん) 133年〜140年
順帝(じゅんてい) 馬訪(ばほう) 144年
沖帝(ちゅうてい)
桓帝(かんてい)
黄瓊(こうけい) 149年〜151年
羊溥(ようほ) 151年〜?
胡広(ここう) 153年
韓演(かんえん) 155年
孫朗(そんろう) 157年
胡広(ここう) 157年〜158年
楊秉(ようへい) 159年〜160年
虞放(ぐほう) 160年
劉矩(りゅうく) 160〜161年
馮緄(ふうこん) 162年
楊秉(ようへい) 162年
劉茂(りゅうも) 165年
胡広(ここう) 166年
趙典(ちょうてん) 166年
霊帝(れいてい) 許訓(きょくん) 169年
張奐(ちょうかん) 169年
来豔(らいえん) ?年〜171年
宗俱(そうく) 171年
唐珍(とうちん) 173年
陳耽(ちんたん) 174年
劉逸(りゅういつ) 176年
許戫(きょいく) 177年
陳耽(ちんたん) 177年
張顥(ちょうこう) 178年
来豔(らいえん) 178年
陳球(ちんきゅう) 178年
張済(ちょうせい) 179年
陳耽(ちんたん) 181年
袁隗(えんかい) 181年
劉焉(りゅうえん) 187年〜188年
献帝(けんてい) 馬日磾(ばびつてい) 191年
楊彪(ようひょう) 191年
种拂(ちゅうふつ) 192年
趙温(ちょうおん) 193年
楊彪(ようひょう) 194年
皇甫嵩(こうほすう) 195年
王偉 (おうい) 195年
趙岐(ちょうき) 201年
楊彪(ようひょう) 202年〜205年
徐璆(じょきゅう) 207年〜208年
張音(ちょうおん) ?〜220年

魏

奉常(ほうじょう)

王 名前 在位
曹操(そうそう) 涼茂(りょうも) 216年〜217年
王修(おうしゅう) 217年〜218年
王朗(おうろう) 218年〜219年

太常(たいじょう)

天子 名前 在位
曹丕(そうひ) 邢貞(けいてい) 221年〜?
邢顒(けいぎょう) ?〜223年
董昭(とうしょう) 224年
桓階(かんかい) 黄初(こうしょ)年間
趙咨(ちょうし) 黄初(こうしょ)年間
曹丕(そうひ) 韓曁(かんき) 226年〜234年
曹叡(そうえい)
曹叡(そうえい) 和洽(かこう) 235年〜?
曹叡(そうえい) 常林(じょうりん) 238年〜240年?
曹芳(そうほう)
曹芳(そうほう) 高柔(こうじゅう) 245年
曹芳(そうほう) 王肅(おうしゅく) 249年〜254年
曹髦(そうぼう)
曹髦(そうぼう) 夏侯玄(かこうげん) 254年
任昊(じんこう) 254年
王祥(おうしょう) 正元(せいげん)年間
鄭袤(ていぼう) 260年?
夏侯和(かこうか) 260年?
曹髦(そうぼう) 陳泰(ちんたい) 260年
曹奐(そうかん)
曹奐(そうかん) 諸葛緒(しょかつしょ) 264年〜265年

蜀漢

王 / 天子 名前 在位
漢中王(かんちゅうおう)
劉備(りゅうび)
許靖(きょせい) 219年〜221年
劉備(りゅうび) 許靖(きょせい) 221年〜?
劉禅(りゅうぜん)  
劉禅(りゅうぜん) 王謀(おうぼう) 223年〜?
杜瓊(とけい) ?〜250年
鐔承(たんしょう) 250年〜?
張峻(ちょうしゅん) ?〜263年〜?

呉

天子 名前 在位
孫権(そんけん) 顧雍(こよう) 225年
陳化(ちんか) 225年〜?
潘濬(はんしゅん) ?〜229年〜?
張弥(ちょうび) ?〜233年
潘濬(はんしゅん) 234年〜?
顧譚(こたん) 243年〜244年
傅常(ふじょう) 244年〜?
孫権(そんけん) 滕胤(とういん) 251年〜258年
孫亮(そんりょう)
孫亮(そんりょう) 全尚(ぜんしょう) 258年
孫休(そんきゅう) 濮陽興(ぼくようこう) 258年〜262年
孫皓(そんこう) 姚信(ようしん) ?〜267年〜?
周処(しゅうしょ) ?〜276年〜?
張夔(ちょうき) ?〜280年
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