三国志を読んでいると、自己紹介をするときに必ず「姓は劉、名は備、字(あざな)を玄徳と申します」と、姓・名・あざなを分けて名乗ります。なぜそんな回りくどい名乗り方をするのでしょうか?それぞれの意味と呼び方のルールをご紹介します。

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古代中国の名前の種類

古代中国の名前の種類

現在の日本では生まれてすぐに名前がつけられて、基本的にその名前を一生名乗ることになりますよね。ですが、当時の中国の人たちはいくつかの名前を使い分けていました。

まずは、その種類をみてみましょう。

幼名(ようみょう)

幼名は、生まれてすぐつけられる名前のことです。史書に記載される例はあまり多くはありません。

当時は現在のように衛生環境も良くありませんでしたので、生まれてすぐに亡くなってしまうことも少なくありませんでした。そのため中国ではつい30年くらい前まで、生まれてすぐにちゃんとした名前をつけていなかったそうです。

また、あえて縁起の良くない名前をつけて魔除けの意味を持たせることもありました。


『三国志』の中で幼名がよく知られている人物に、曹操そうそう劉禅りゅうぜんがいます。

曹操の幼名「阿瞞」

曹操そうそうの幼名として有名な「阿瞞あまん」ですが、実は「まん」という字には「あざむく・だます」という意味があります。

このイタズラ坊主め!といった意味が込められているのかもしれませんね。


『三国志』の注釈の中に、

曹瞞伝に曰く:太祖(曹操)一名を吉利という、小字を阿瞞という。

と記載されていますので、本当の幼名は吉利だったのかもしれません。

劉禅の幼名「阿斗」

劉禅りゅうぜんの母親である甘夫人かんふじんは、妊娠中に北斗七星を飲み込む夢をみます。そこで、生まれてきた子供は北斗七星の生まれ変わりに違いないと「阿斗あと」と名付けられました。

ですが、成長した劉禅りゅうぜんの無能ぶりから「阿斗あと」は「ばか者・あほう・ろくでなし」の代名詞となってしまいました。

姓(せい)

姓は自分の出自、どの一族に属するのかを示すものです。現在の日本の姓(名字)と同じですね。

また、当時は同じ姓の人が多かったので、自己紹介をするときに同時に出身地を伝えるのが普通でした。

諱(いみな)・名(な、めい)

名は個人を特定するためのもので、正式にはいみなと言います。ですが、現在の日本で使う名前とはその重みが違います。

当時の中国においては、いみなはその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、いみなを呼ぶことによって、その人の霊的人格を支配できると考えられていました。

そのため、いみなで呼びかけることは親や主君にしか許されない非常に無礼なこととされていたのです。

特に皇帝のいみなは、その文字が一般の名称に使われていた場合にも別の字におきかえられて、皇帝のいみなを口にすることが避けられていました。

字(あざな)

いみなを使うことが無礼になってしまうと、日常生活がとても不便ですよね。そのため、日常的に失礼にならずに呼び合うことができる名前である「あざな」ができました。

そのため、あざなで呼ぶことには、尊敬や親しみの気持ちが含まれます。

また、あざなは成人したときに親や目上の人につけて貰うか自分で名乗りますが、その多くに一定の法則がみられることがあります。


女性にもあざながあり、いみなはさらに厳重な秘密とされていて、場合によっては夫にも明かされないことがありました。三国志に登場する女性の多くが「○氏」というようにいみなが伝わっていない理由の一つかもしれませんね。

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名前の呼び方のルール

このように色々とややこしい当時の名前ですが、名前を呼ぶときには、さらにいくつかのルールがあります。

姓・諱・字(あざな)を続けて呼ばない

例えば関羽かんうの場合、姓はかんいみなあざな雲長うんちょうとなりますが、関羽を呼ぶ場合は、

  • 関羽かんう
  • 雲長うんちょう
  • 関雲長かんうんちょう

のどれかになります。

決して「関羽雲長かんううんちょう」と呼ぶことはありません。

これは、例えば芸能人の「タモリ」さんのことを「森田一義タモリ」と呼んでいるようなもので、単におかしな呼び方なのです。

名前の呼び方と人間関係

姓・諱で呼ぶ

相手に敬意を払わない呼び方。

親が子を、主君が臣下を呼ぶときなどに使われます。自分に敵対する人物を呼ぶときにも使います。

字(あざな)で呼ぶ

同僚や友達など対等の関係で、相手に敬意や親しみを込めて呼ぶ場合に使われます。

『三国志演義』で劉備は、義兄弟である関羽かんう張飛ちょうひを呼ぶときにも「関羽かんう」「張飛ちょうひ」と呼んでいますが、軍師として迎えた諸葛亮しょかつりょうに対しては「孔明こうめい」とあざなで呼んで、先生として敬っている心情を表しています。

官職で呼ぶ

相手が官職に就いている場合、あざなで呼ぶことも少し失礼になりますので「姓・官職」で呼ぶことになります。

劉備りゅうび劉豫州りゅうよしゅう曹操そうそう曹丞相そうじょうしょうと呼ぶのがこれにあたります。

現在の日本でも、上司を「○○さん」と呼ぶのは少し失礼ですよね。「○○課長」「○○部長」と呼ぶ方が敬意を払った呼び方になるのと同じです。

また、自分で名乗るときは謙虚な態度を示すため、あざなを使わずに「姓・いみな」を使います。


 一般に通用している中国人の名前は「姓・いみな」であるのが基本ですが、有名どころでは、伍子胥ごししょいみなうん)、項羽こうういみなせき)や、近代の蒋介石しょうかいせき介石かいせきあざなで、いみな中正ちゅうせいと言い、台湾では蒋中正チャン・チョンヂェンと呼ぶ方が一般的です。

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字(あざな)の法則

あざなをつける上で、こうしなければいけないという厳格な決まりはありません。ですが、一定の法則が見られることがあります。

諱を連想させる字(あざな)

あざなには名を連想させる文字があてられることが多くあります。


例えば諸葛亮しょかつりょうの場合、姓は諸葛しょかついみなりょうあざな孔明こうめいとなります。

いみなの「亮」とあざなの「明」の文字は、どちらも「明るい」という意味を持ちます。


また、周瑜しゅうゆの場合、姓はしゅういみなあざな公瑾こうきんとなります。

いみなの「瑜」とあざなの「瑾」の文字は、どちらも「美しい玉」という意味を持ちます。

兄弟の序列、伯仲叔季

あざなをつけるときに、兄弟の順を表す文字をあてることがあります。

例えば、孫堅そんけんの息子の場合、

  • 長男:孫策そんさくあざな伯符はくふ
  • 次男:孫権そんけんあざな仲謀ちゅうぼう
  • 三男:孫翊そんよくあざな叔弼しゅくひつ
  • 四男:孫匡そんきょうあざな季佐きさ

と、伯・仲・叔・季の字をあてて兄弟の順を表しています。また「季」の字には末っ子の意味がありますが、さらに子供ができたときは「幼」の字があてられます。

5人の兄弟がみんな優秀と称えられた「馬氏の五常」のうち、馬良ばりょう馬謖ばしょく以外の兄弟は正史に記録されていませんが、馬良ばりょうあざな季常きじょう馬謖ばしょくあざな幼常ようじょうであることから、それぞれ四男と五男であることが推測できます。

ただし、父方の従兄弟の息子も自分の息子と同じように数えることもあるので、従兄弟に先に子供が生まれていたら、長男であっても「仲」や「叔」が使われることがあります。

長男にはその他に「元」や「初」、側室の長子の場合は「孟」の字がつくこともあります。また、次男に「公」をあてる例も多いと言われています。


このように、当時の人たちの名前の呼び方やつけ方にはたくさんのルールがあります。これらを理解した上で、少し注意して『三国志』を読んでみると面白いかもしれませんね。


諸葛亮諸葛亮

このほかにも、私の臥竜がりょう龐統ほうとう鳳雛ほうすうなどの呼び名もあるので、混乱せぬように気をつけるのですよ。