『三国志演義』から正史『三国志』まで、『三国志』に関連する用語を簡単に解説する用語事典の「か行」で始まる用語をまとめています。

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か行

外戚(がいせき)

皇后こうごう皇太后こうたいごうの親族のこと。皇后こうごう皇太后こうたいごうの親族は、多くの場合特別に引き立てられて高位にきました。

後漢ごかん第4代皇帝・和帝わてい以降幼少の天子てんしが即位するようになると、外戚がいせきは絶大な権力を握り、成人した天子てんしさえもおびやかす存在になります。

これに対し、成人した和帝わてい宦官かんがんの協力を得て外戚がいせきの排斥に成功したことから、以降宦官かんがんの政治への影響力が増すことになりました。

関連用語

加官(かかん)

単独では任命されず、本官(メインの官職)に付加される官職。


河南尹(かなんいん)

1. 

司隷しれいの郡の1つ。後漢ごかんの首都・洛陽らくようがあります。


司隷の領郡

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2.  定員:1名・ちつ中二千石(三品)

洛陽らくようとその周辺を治める河南尹かなんいん太守たいしゅのこと。


漢(かん)

中華の古代王朝の1つ。

漢王かんおう劉邦りゅうほうしん末期の楚漢戦争そかんせんそう項羽こううを破って建国しました。首都は長安ちょうあん

第7代皇帝・武帝ぶていが崩御すると外戚がいせき宦官かんがんの専横をまねいて王莽おうもう簒奪さんだつを許しますが、劉秀りゅうしゅう光武帝こうぶてい)によって中興ちゅうこうされます。首都は洛陽らくよう雒陽らくよう)。

現在では、王莽おうもう簒奪さんだつされるまでのかん前漢ぜんかん光武帝こうぶていによって中興ちゅうこうされた後のかん後漢ごかんと言い分けますが、当時の国号は共にかんしょうしました。

関連用語

宦官(かんがん)

後宮での奴隷労働のにない手として去勢された、異民族の捕虜や重罪人のこと。

後漢ごかん第4代皇帝・和帝わていによる外戚がいせき竇憲とうけんの排斥に協力したことから宦官かんがんの政治参加が始まり、第11代皇帝・桓帝かんていの時代には国政に絶大な影響力を持つようになります。

このような宦官かんがんの権限拡大は、賄賂の横行などで朝廷を腐敗ふはいさせる原因となりました。

関連用語

諫議大夫(かんぎたいふ)

 定員:なし・ちつ六百石(七品)

後漢ごかん=○・=○・しょく=○・=○]

光禄勲こうろくくんに属する天子てんしの補佐官。一定の職責を持たず、天子てんしの質問への回答や郡国への使者など、状況に応じて任務を与えられます。

関連用語

銜璧(かんぺき)

へきを口にくわえて降伏すること。

古代中華の降伏儀礼では、敗戦国の君主がへきを口にくわえて後ろ手にしばり、ひつぎを背負う従者を同伴どうはんして戦勝国の君主の前に進み出て降伏を申し入れました。


儀如三公(ぎじょさんこう)

 加官


儀同三司(ぎどうさんし)

 加官

儀同三司ぎどうさんしを加えられると三公さんこうと同じ格式を与えられ、独自の役所を開くことを許されます。

関連用語

儀比三司(ぎひさんし)

 加官


九五の位(きゅうごのくらい)

天子てんしの位のこと。

関連用語

九州(きゅうしゅう)

中華古代の伝説上の聖王・が設置した、冀州きしゅう兗州えんしゅう青州せいしゅう徐州じょしゅう揚州ようしゅう荊州けいしゅう豫州よしゅう梁州りょうしゅう雍州ようしゅうの9つの州のこと。

建安けんあん18年(213年)3月、献帝けんていは13州あった州を統廃合し、「九州制」を復活させました。


旧典(きゅうてん)/ 舊典(きゅうてん)

尚書台しょうしょだいに保管されたみことのりなどの文書を出典とする故事のこと。


九品官人法(きゅうひんかんじんほう)

220年、尚書しょうしょ陳羣ちんぐんの発案により、かん代の郷挙里選きょうきょりせんに代わって施行された官吏登用法。九品中正制きゅうひんちゅうせいせいとも言います。

州・郡に中正官ちゅうせいかんを置き、任官志望者をその能力に応じて一品から九品までの九段階に分けて政府に推挙させ、志望者の品級に応じて官職に任命しました。

この九品官人法きゅうひんかんじんほうずい代の初めに廃止され、その後は推挙ではなく科挙かきょによる筆記試験が採用されることになります。

関連用語

郷挙里選(きょうきょりせん)

かん代に行われていた官吏登用法。「きょうよりげ、から選ぶ」の意味。

太守たいしゅまたはしょうきょうの有力者の合議によって管轄内の優秀な人物を中央に推薦し、官吏として採用する方法。

前漢ぜんかん武帝ぶていの時代に始まり、孝廉こうれん賢良けんりょう方正ほうせい秀才しゅうさいなどの徳目がありましたが、中でも孝廉こうれんが最も重要視されていました。

また、後漢ごかん代に入ると光武帝こうぶてい劉秀りゅうしゅう)のいみな避諱ひきされ、秀才しゅうさい茂才もさいと改められました。

関連用語

匈奴(きょうど)

北アジアの遊牧民族。

紀元前3世紀に陰山山脈インシャンさんみゃくで遊牧国家としての形を整え、冒頓ぼくとつ単于ぜんうの時代に「白登山はくとさんの戦い」で前漢ぜんかん高祖こうそ劉邦りゅうほう)を破って全盛期を迎えますが、前漢ぜんかん武帝ぶてい期に衛青えいせい霍去病かくきょへいらの攻撃を受けて衰退すいたいし、東西に分裂します。

さらに、後漢ごかん光武帝こうぶてい期になると日逐王比にっちくおうひ呼韓邪こかんや単于ぜんうを名乗って自立し、まもなく後漢ごかんに臣従ます。この呼韓邪こかんや単于ぜんうひきいられた部族を南匈奴みなみきょうどと言います。

また、北方に残った部族(北匈奴きたきょうど)は和帝わてい期には後漢ごかんに臣従して貢献しましたが、のち南匈奴みなみきょうどの圧迫を受けて西方に逃れました。

関連用語

議郎(ぎろう)

 定員:不定・ちつ六百石(七品)

後漢ごかん=○・=○・しょく=○・=○]

光禄勲こうろくくんに属し、天子てんし諮問しもん(意見を求めること)に対して意見をべることを職務とする官職。

関連用語

郡国計吏(ぐんこくけいり)


郡守(ぐんしゅ)

郡の行政官。前漢ぜんかん景帝けいてい期に太守たいしゅに改称されました。

関連用語

京兆尹(けいちょういん)

1. 

司隷しれいの郡の1つ。かつての前漢ぜんかんの首都・長安ちょうあんがあります。


司隷の領郡

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2.  定員:1名・ちつ中二千石(三品)

長安ちょうあんとその周辺を治める京兆尹けいちょういん太守たいしゅのこと。


計吏(けいり)


県尉(けんい)

各県で盗賊の捕縛・犯罪捜査を行い、治安維持にあたる官職。


県長(けんちょう)

 定員:1名・ちつ四百石(七品?)/ 三百石(八品)

1万戸に満たない県の行政官。県民の統治、官吏の推挙、犯罪の取り締まりなどにあたります。

関連用語

剣履上殿(けんりじょうでん)

天子てんしから特別な臣下に与えられる特権(特別待遇)の1つ。

剣を帯びたまま宮中にのぼっても良い。つまり、皇帝の前でも剣をはずさなくても良いという特権。

前漢ぜんかん相国しょうこく蕭何しょうかに許されたのをはじめに、後漢ごかんでは梁冀りょうき董卓とうたく曹操そうそうがこの特権を許されました。

関連用語

県令(けんれい)

 定員:1名・ちつ千石(六品)

1万戸以上の県の行政官。県民の統治、官吏の推挙、犯罪の取り締まりなどにあたります。

関連用語

胡(こ)


後宮(こうきゅう)

天子てんし皇后こうごう妃嬪ひひんたちが家庭生活を営む場所。


公卿大臣(こうけいだいじん)

三公さんこう九卿きゅうけいのこと。高級官僚の総称。

関連用語

侯国相(こうこくしょう)

 定員:1名・ちつ千石(六品)/ 四百石(七品?)/ 三百石(八品)

列侯れっこうほうぜられた者の代わりに派遣される県の行政官。職務は県令けんれいまたは県長けんちょうと同じです。

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郊祭(こうさい)


郊祀(こうし)

天と地を都の郊外でまつ祭祀さいしのこと。都の南で「天」をまつ南郊なんこうと、都の北で「地」をまつ南郊なんこうがあります。

宗廟そうびょう祭祀さいしとともに祭祀さいしの中で最も重視され、前漢ぜんかん元帝げんてい成帝せいてい期以降から儒家じゅか的に改善され、王莽おうもうによって集大成されました。


高廟令(こうびょうれい)

 定員:1名・ちつ六百石(-)

後漢ごかん=○・=×・しょく=×・=×]

太常たいじょうに属し、前漢ぜんかん高祖こうそ劉邦りゅうほう)のびょう(お墓)を守衛し、巡察と清掃を担当する官職。

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孝廉(こうれん)

郷挙里選きょうきょりせんの徳目の1つ。または、孝廉こうれんで推挙された人物のこと。

孝行で欲が少なく正直な人物が孝廉こうれんで推挙されました。多くの場合、孝廉こうれんで推挙された者はろう郎官ろうかん)に任命されます。

孝廉こうれんで推挙される者は、1年に郡の人口の20万人に1人というせまき門でした。

関連用語

光禄勲(こうろくくん)

 けい。定員:1名・ちつ中二千石(三品)

後漢ごかん=○・=○・しょく=○・=○]

属官:じょう1名。比千石(七品)

宮殿の門戸もんこの宿衛をつかさどり、殿中侍衛の士を取り仕切る官職。

光禄勲府こうろくくんふには、

五官中郎将ごかんちゅうろうしょう左中郎将さちゅうろうしょう右中郎将うちゅうろうしょう

南中郎将なんちゅうろうしょう北中郎将ほくちゅうろうしょう虎賁中郎将こほんちゅうろうしょう

羽林中郎将うりんちゅうろうしょう羽林左監うりんさかん羽林右監うりんゆうかん奉車都尉ほうしゃとい

駙馬都尉ふばとい騎都尉きとい太中大夫たいちゅうたいふ中散大夫ちゅうさんたいふ

諌議大夫かんぎたいふ議郎ぎろう謁者僕射えっしゃぼくや冗従僕射じょうじゅうぼくや

守宮令しゅきゅうれい黄門令こうもんれい掖庭令えきていれい清商令せいしょうれい

暴室令ぼうしつれい華林園令かりんえんれい

が属しています。

関連用語

後漢(ごかん)

中華の古代王朝の1つ。

前漢ぜんかん簒奪さんだつした王莽おうもうの時代は長くは続かず、反乱が続発して敗死。その後の混乱を収めた劉秀りゅうしゅう光武帝こうぶてい)がかん中興ちゅうこうさせました。首都は洛陽らくよう雒陽らくよう)。

王莽おうもうの時代に失った西域せいいきを回復し、儒家思想じゅかしそうを重視して徳による支配を進めましたが、幼少の天子てんしが続くようになると、度重なる異民族の侵入や外戚がいせき宦官かんがんの専横を許して衰退すいたいし、各地に群雄が割拠するようになりました。

そして、献帝けいてい魏王ぎおう曹丕そうひ禅譲ぜんじょうしてが建国されると、しょくも相次いで建国し、三国時代に突入します。

この光武帝こうぶてい中興ちゅうこうした後のかんを、現在では後漢ごかんと言い分けています。

関連用語

五行思想(ごぎょうしそう)

あらゆるものは木・火・土・金・水の五つの元素の一定の循環法則に従って変化するという思想。この思想は国家にも適用され、中国の王朝はそれぞれの元素に対応する「徳」を持っていました。

そのため「火徳かとく」を持つ後漢ごかんに対して反乱を起こした太平道は、「土徳どとく」を象徴する黄色い頭巾を身につけたのです。

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五行説(ごぎょうせつ)


虎賁中郎将(こほんちゅうろうしょう)

 定員:1名・ちつ比二千石(五品)

後漢ごかん=○・=○・しょく=○・=?]

属官:司馬しば1名・七品。

光禄勲こうろくくんに属し、天子てんしの衛兵である虎賁こほんを統率する。

しょくにも同名の官職が置かれていました。

関連用語

故吏(こり)

辟召へきしょうによって取り立てられた者のこと。

故吏こりは(取り立ててくれた)上司の官職が高ければ高いほど出世が約束され、またその上司が罪を受ければそれに連座するなど、非常に強い結びつきを持っていました。

関連用語

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