後漢(ごかん)・三国時代の太子太傅(たいしたいふ)と太子少傅(たいししょうふ)の職務と属官・属吏についてまとめています。

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太子太傅(たいしたいふ)

職務

太子(たいし)(皇太子(こうたいし))を正しい方向に教え導(みちび)きます。

太子(たいし)(皇太子(こうたいし))の教育係。太子(たいし)(皇太子(こうたいし))の太子太傅(たいしたいふ)への接し方は、師匠に対するようでした。


太子太傅(たいしたいふ)には属官はありません。

基本情報

詳細が不明の箇所は空白にしています。

  後漢(ごかん) 魏(ぎ) 蜀(しょく) 呉(ご)
定員 1人 1人 1人 1人
秩石
品秩
中二千石 三品    
印綬 銀印青綬      

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太子少傅(たいししょうふ)

職務

太子太傅(たいしたいふ)と同様に太子(たいし)(皇太子(こうたいし))を正しい方向に教え導(みちび)くと共に、太子(たいし)(皇太子(こうたいし))の属官を取り仕切ります。


天子(てんし)が即位して間もなく、まだ太子(たいし)(皇太子(こうたいし))がいない場合、太子(たいし)(皇太子(こうたいし))の属官は太子舎人(たいししゃじん)を除いてすべて廃止されました。

基本情報

詳細が不明の箇所は空白にしています。

  後漢(ごかん) 魏(ぎ) 蜀(しょく) 呉(ご)
定員 1人 1人 1人 1人
秩石
品秩
二千石 三品    
印綬 銀印青綬      

『漢官(かんかん)』には、太子少傅(たいししょうふ)に所属する員吏(いんり)は13名とあります。


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皇太子府(こうたいしふ)

以下は『続漢書(ぞくかんじょ)』百官志(ひゃっかんし)と「ちくま学芸文庫『正史 三国志8』三国官職表」を基に作成しています。【】内は【定員・官秩・品秩】で、[]内はそれぞれの王朝での情報になります。

『続漢書(ぞくかんじょ)』百官志(ひゃっかんし)と『三国官職表(さんごくかんしょくひょう)』で情報が違う場合は、()内に『三国官職表(さんごくかんしょくひょう)』の情報を記載します。

太子少傅の属官

太子率更令(たいしそつこうれい)

【1名・千石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


太子庶子(たいししょし)と太子舎人(たいししゃじん)を統率し、交代で太子(たいし)(皇太子(こうたいし))のいる東宮(とうきゅう)に宿直します。


天子(てんし)における光禄勲(こうろくくん)にあたります。

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太子庶子(たいししょし)

【なし・四百石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


交代で宿直し、太子(たいし)(皇太子(こうたいし))の守衛にあたります。


天子(てんし)における三署中郎(さんしょちゅうろう)(五官中郎(ごかんちゅうろう)・左中郎(さちゅうろう)・右中郎(ゆうちゅうろう))にあたります。

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太子舎人(たいししゃじん)

【なし・二百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


交代で宿直し、太子(たいし)(皇太子(こうたいし))の守衛にあたります。

天子(てんし)が即位して間もなくまだ太子(たいし)(皇太子(こうたいし))がいない場合、太子舎人(たいししゃじん)は少府(しょうふ)に属しました。


天子(てんし)における三署郎中(さんしょろうちゅう)(五官郎中(ごかんろうちゅう)・左郎中(さろうちゅう)・右郎中(ゆうろうちゅう))にあたります。


『漢官(かんかん)』には、太子舎人(たいししゃじん)の定員は13名。「その任官者は良家の子孫から選んだ」とあります。

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太子家令(たいしかれい)

【1名・千石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


穀倉に保管してある穀物と飲食を取り仕切ります。


天子(てんし)における大司農(だいしのう)と少府(しょうふ)にあたります。

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【後漢・三国時代の官職16-1】少府(しょうふ)・少府の属官1


太子倉令(たいしそうれい)

【1名・六百石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


穀倉に保管してある穀物を取り仕切ります。


太子食官令(たいしそうれい)

【1名・六百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


飲食を取り仕切ります。


太子僕(たいしぼく)

【1名・千石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


車と馬を取り仕切ります。


天子(てんし)における太僕(たいぼく)にあたります。

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太子厩長(たいしきゅうちょう)

【1名・四百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


車と馬を取り仕切ります。


太子門大夫(たいしもんたいふ)

【2名・六百石・六品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


東宮(とうきゅう)の門を守衛します。


天子(てんし)における郎将(ろうしょう)(五官中郎将(ごかんちゅうろうしょう)・虎賁中郎将こほんちゅうろうしょう・羽林中郎将うりんちゅうろうしょう)にあたります。


『漢官(かんかん)』には「太子門大夫(たいしもんたいふ)は四府(しふ)(太傅府(たいふふ)または大将軍府(だいしょうぐんふ)と三公府(さんこうふ))の掾(えん)・属(ぞく)の任官者から選ばれた」とあります。

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太子中庶子(たいしちゅうしょし)

【5名・六百石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


太子(たいし)(皇太子(こうたいし))のそば近くに仕え、様々な事柄で太子(たいし)(皇太子(こうたいし))を助け導(みちび)き、顧問応対をします。


天子(てんし)における侍中(じちゅう)にあたります。

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太子洗馬(たいしせんば)

【16名・比六百石・七品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


太子(たいし)(皇太子(こうたいし))が出御(しゅつぎょ)(外出)する際に車馬を先導して威儀(いぎ)を正します。


天子(てんし)における謁者(えっしゃ)(謁者僕射(えっしゃぼくや))にあたります。


『漢官(かんかん)』には「太子洗馬(たいしせんば)は郎中(ろうちゅう)の任官者から選ばれた」とあります。

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太子中盾(たいしちゅうじゅん)

【1名・四百石・-】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=×・蜀(しょく)=×・呉(ご)=×]


太子(たいし)(皇太子(こうたいし))の居所を巡回して守衛・巡察します。


太子衛率(たいしえいそつ)

【1名・四百石・五品】

[後漢(ごかん)=○・魏(ぎ)=○・蜀(しょく)=?・呉(ご)=?]


門の守衛にあたる衛士(えいし)を統率する。



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皇太子府の属官一覧表(三国)

以下は「ちくま学芸文庫『正史 三国志8』三国官職表」を基に作成した「三国時代の属官一覧表」です。

詳細が不明の箇所は空白にしていますが、他の史料で情報を見つけ次第随時追記します。

官職名下の数字は定員です。

官職名 秩石 備考
品秩
太子太傅(たいしたいふ)
(1)
中二千石
  • 皇太子(こうたいし)の輔導(ほどう)に当たる。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=同名。
三品
属官 太子太傅丞(たいしたいふじょう)
1
–
  • 太子太傅(たいしたいふ)の次官。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=同名。
七品
太子少傅(たいししょうふ)
(1)
二千石
  • 皇太子(こうたいし)の輔導(ほどう)に当たる。
  • 蜀(しょく)=不明。呉(ご)=同名。
三品
太子詹事(たいしせんじ)
(1)
二千石
  • 東宮府(とうきゅうふ)の長官。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
三品
属官 太子詹事丞(たいしせんじじょう)
1
–
  • 太子詹事(たいしせんじ)の次官。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
七品
太子家令(たいしかれい)
(1)
千石
  • 倉穀飲食を司(つかさど)る。
  • 天子(てんし)の司農(しのう)・少府(しょうふ)に当たる。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
五品
太子率更令(たいしそつこうれい)
(1)
千石
  • 太子庶子(たいししょし)・太子舎人(たいししゃじん)を取り仕切る。
  • 天子(てんし)の光禄勲(こうろくくん)に当たる。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
五品
属官 太子率更丞(たいしそつこうじょう)
2
四百石
  • 太子率更令(たいしそつこうれい)の次官。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
–
太子僕(たいしぼく)
(1)
千石
  • 車馬を司(つかさど)る
  • 天子(てんし)の太僕(たいぼく)に当たる。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
五品
太子中庶子(たいしちゅうしょし)
(5)
六百石
  • 天子(てんし)の侍中(じちゅう)に当たる。
  • 蜀(しょく)=不明。呉(ご)=同名。
五品
太子庶子(たいししょし)
(不定)
四百石
  • 天子(てんし)の三署郎(さんしょろう)に当たる。
  • 蜀(しょく)=不明。呉(ご)=同名。
五品
太子衛率(たいしえいそつ)
(1)
四百石
  • 宮門の衛士(えいし)を司(つかさど)る。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
五品
太子侍講(たいしじこう)
(1)
–
  • 諸皇子(おうじ)の教育に当たる。
  • 蜀(しょく)=不明。
  • 呉(ご)=都講祭酒(とこうさいしゅ)。黄龍(こうりゅう)元年(229年)に設置。
六品
太子門大夫(たいしもんたいふ)
(2)
六百石
  • 天子(てんし)の郎将(ろうしょう)に当たる。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
六品
太子常従(たいしじょうじゅう)
(不明)
–
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=無。
六品
太子虎賁督(たいしこほんとく)
(不明)
–
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=無。
六品
太子司馬督(たいししばとく)
(不明)
–
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=無。
六品
太子食官令(たいししょくかんれい)
(1)
六百石
  • 飲食を司(つかさど)る。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
七品
太子洗馬(たいししょくかんれい)
(16)
比六百石
  • 謁者(えっしゃ)に当たる。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
七品
太子厩長(たいしきゅうちょう)
(1)
四百石
  • 車馬を司(つかさど)る。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
七品
太子舎人(たいししゃじん)
(不定)
二百石
  • 当直宿衛を司(つかさど)る。
  • 天子(てんし)の三署郎中(さんしょろうちゅう)に当たる。
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=不明。
七品
東宮摘句郎(とうきゅうてきくろう)
(不明)
–
  • 不明。
八品
太子掌固主事候郎(たいししょうこしゅじこうろう)
(不明)
–
  • 不明。
九品
太子文学(たいしぶんがく)
(不明)
二百石
  • 蜀(しょく)・呉(ご)=無。
–
太子賓客(たいしひんきゃく)
左輔都尉(さゆうとい)
(各1)
–
  • 黄龍(こうりゅう)元年(229年)に設置。
  • 太子四友(たいしよんゆう)の1つ。
  • 呉(ご)のみ。
–
右弼都尉(ゆうひつとい)
(1)
–
  • 黄龍(こうりゅう)元年(229年)に設置。
  • 太子四友(たいしよんゆう)の1つ。
  • 呉(ご)のみ。
–
輔正都尉(ほせいとい)
(1)
–
  • 黄龍(こうりゅう)元年(229年)に設置。
  • 太子四友(たいしよんゆう)の1つ。
  • 呉(ご)のみ。
–
翼正都尉(よくせいとい)
(1)
–
  • 黄龍(こうりゅう)元年(229年)に設置。
  • 太子四友(たいしよんゆう)の1つ。
  • 呉(ご)のみ。
–
輔義都尉(ほぎとい)
(1)
–
  • 呉(ご)のみ。
–
太子左右部督(たいしさゆうぶとく)
(各1)
–
  • 呉(ご)のみ。
–
他の官職についてはこちら

【後漢・三国時代の官職】目次