劉備・関羽・張飛の3人の活躍によって、鬼神のように暴れ回っていた呂布を敗走させた8軍の諸侯は、いよいよ攻勢に転じます。
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目次
十八路諸侯が攻勢に転じる
前回は、虎牢関で劉備・関羽・張飛の3人が呂布を敗走させたところまででしたよね。
それにしても呂布さん強すぎるよ〜っ!
そうでしたね。
今回は、追いつめられた董卓がどう対応したのかについてお話しします。
ご確認
この記事は『三国志演義』に基づいてお話ししています。正史『三国志』における長安遷都については、こちらをご覧ください。
董卓軍の敗因は呂布の裏切りだった!?陽人の戦いと孫堅の洛陽入り
諸侯が3人をたたえる
さて今回は、呂布を敗走させた余勢を駆って、張飛が虎牢関に攻め寄せたところからはじまります。
張飛は馬に鞭をあてて虎牢関の下まで迫りますが、城壁の上から矢や石が雨のように降りそそぐので攻め込むことができず、いったん陣に引き上げます。
劉備・関羽・張飛が陣に帰って来ると、8軍の諸侯はそれぞれに3人の手柄を褒めたたえ、汜水関を攻撃している袁紹に勝利を知らせる使者を送りました。
やっとみんなに認めてもらえたねっ!劉備さんたち。
勝利って言ってるけど、まだ虎牢関を落としたわけじゃないよね。
そうですねっ!でも、優勢になったのは確かですよ。
汜水関攻撃隊
- 祁郷侯・勃海太守・袁紹
- 後将軍・南陽太守・袁術
- 冀州刺史・韓馥
- 豫州刺史・孔伷
- 兗州刺史・劉岱
- 陳留太守・張邈
- 広陵太守・張超
- 西涼太守・馬騰
- 鳥程侯・長沙太守・孫堅
虎牢関攻撃隊
- 河内太守・王匡
- 東郡太守・橋瑁
- 済北相・鮑信
- 山陽太守・袁遺
- 北海太守・孔融
- 上党太守・張楊
- 徐州刺史・陶謙
- 北平太守・公孫瓚(劉備・関羽・張飛)
- 曹操(遊撃隊・連絡係)
袁術、孫堅に謝罪する
虎牢関での勝利の報告を受けた袁紹は、孫堅に汜水関への攻撃をうながす命令書を送りました。
命令書を受け取った孫堅は、程普・黄蓋を従えて袁術に面会すると、今にも襲いかからん程の剣幕で言いました。
「もともと私は董卓に恨みなどなく、今私が決死の戦いをしているのは、上は国家のために賊を討ち、下は将軍(袁術)との家門の交わりを思えばこそだっ!
それなのに将軍は、讒言*1を信じて兵糧の補給を止めたっ!お陰で我々は大敗北を喫してしまったのだっ!将軍はこれをいかがお考えかっ!」
これを聞いた袁術は恐縮して返す言葉もなく、讒言*1をした者を打ち首にして孫堅に謝罪しました。
孫堅怒ってるねぇ〜(笑)
そりゃ怒るよぉ〜っ!今度も兵糧をくれなかったらまた負けちゃうもん。
そうですね。
孫堅も相当腹にすえかねていたんだと思いますよ。
関連記事
【019】華雄 vs 孫堅:汜水関の戦い。十八路諸侯の不和と孫堅の敗北
脚注
*1 他人をおとしいれるため、ありもしない事を目上の人に告げてその人を悪く言うこと。
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董卓、虎牢関から撤退する
董卓からの使者
さて、袁術が謝罪したちょうどその後、孫堅の部下がやって来て、孫堅に耳打ちしました。
(汜水関から1人の大将がやって来て、殿に会いたいと申しております)
孫堅が袁術にいとまを告げて自分の陣屋に戻ってみると、そこには董卓配下の李傕が待っていました。
「何をしにきたのだ?」
孫堅がいぶかしげに尋ねると、李傕はうやうやしく答えました。
「お喜びください。丞相(董卓)は将軍(孫堅)を大変高く評価されており、丞相の娘御を将軍のご子息に嫁がせたいとお考えです」
これを聞いた孫堅は、
「董卓は天に背いて無道をなした逆賊だっ!あやつの三族を皆殺しにして天下に示さなければ、死んでも死に切れん。董卓とよしみを結ぶことなどできるかっ!」
と大いに怒り、李傕を追い返しました。
さすが孫堅さん、忠義の士ですね。カッコ良いっ!
ついでに李傕を捕らえて殺しちゃえば良いのに(笑)
それをしないのが良いんじゃない(笑)
そうですね。
呂布が敗れたことで、董卓も弱腰になっていることが伝わってきます。
長安遷都を決意する
孫堅に追い返された李傕は、董卓にありのままを報告しました。
李傕の報告を聞いて激怒した董卓は、李儒に意見を求めます。
「温侯(呂布)どのが負けたことで、兵卒たちが戦意を失っています。いっそのこと兵をまとめて洛陽に引き返し、天子を長安に遷してはいかがでしょうか?」
この頃民衆の間には、
西のほうでも1つの漢
東のほうでも1つの漢
鹿が長安に逃げ込めば
やっとこの難儀はおしまい
という童謡が流行っており、李儒はこの歌を引き合いに出して、今長安に遷都することが天運であると説きました。
董卓は大いに喜んで、すぐに虎牢関から洛陽に引き揚げました。
洛陽と長安
長安に遷都すれば「洛陽を取られても痛くもかゆくもないぞ」と(笑)
董卓にとっては、出身地の西涼に近い長安の方が守りやすいという利点もありました。
なるほどっ!
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長安遷都の強行
三公が長安遷都に反対する
さて、洛陽に着いた董卓は、三公を呼び出して長安への遷都を宣言します。
すると、太尉・黄琬、司徒・楊彪、司空・荀爽らが一斉に反対します。
彼らは、
- 長安周辺が荒廃していること
- 代々の宗廟と皇陵を捨てることになること
- 民衆の動揺を招くこと
を理由に反対しましたが、董卓は、
「長安には崤山・函谷の険があり、隴右の山地にも近く、材木や石、瓦などの調達も容易で宮殿の造営にはひと月もかからない」
と言い、最後には、
「天下のために遷都をするのだ。民衆のことなど構っていられるかっ!」
と言って、楊彪、黄琬、荀爽の3人を罷免して庶民の身分に落としてしまいました。
反対しただけで罷免か。殺されなかっただけマシだったのかもね。
民衆をないがしろにしてうまくいくわけないよねっ!
まったくその通りですね。
ちなみに太尉・司徒・司空の3職は三公と呼ばれ、常設では最高位に当たる官職です。
周毖と伍瓊を処刑する
また、長安遷都に反対する人は、三公の3人だけではありませんでした。
董卓が退出して馬車に乗ると、2人の男が馬車に向かってお辞儀をして道をふさいでいます。尚書の周毖と城門校尉の伍瓊でした。
「何ごとだっ!?」
董卓が不機嫌そうに馬車から顔を出すと、周毖と伍瓊がそろって答えます。
「たった今、丞相(董卓)が長安に遷都をするお考えだと聞き、お諫めにまいりました」
すると董卓は少し考えてから言いました。
「お前たちが推挙した袁紹は謀反したぞ。お前たちも同罪だっ!」
そう言ったかと思うと、董卓は周毖と伍瓊を捕らえさせ、処刑してしまいました。
ついに殺される人が出ちゃったよ…。
前回の袁隗もそうだけど、袁紹のとばっちりで次々に殺されていくな。
洛陽を焼き陵墓をあばく
でも、実はこれだけじゃ済まなかったんです。
まず董卓は、洛陽の富豪に「袁紹の家に出入りしていた」という言いがかりをつけて捕らえると、残らず処刑して財産を没収しました。これは李儒の入れ知恵です。
また、軍隊を派遣して洛陽の民衆を無理矢理長安に移住させたので、途中で命を落とす者も少なくありませんでした。
そして最後に董卓は、呂布に命じて天子や皇后、妃の陵墓をあばいて金銀・宝玉・反物などを略奪させると、民家、官庁、宮殿、宗廟にいたるまで建物すべてに火をかけて洛陽を焼き尽くしました。
富豪の財産を没収しただけでは飽きたらず、皇帝の墓まであばいたのか。
うわぁ、普通そこまでするぅ!?
民衆もたくさん死んじゃったんだね…。
董卓は十八路諸侯に奪われた後に何も残さないように、洛陽を破壊し尽くしたんですね。
劉備・関羽・張飛の3人の活躍によって華雄が斬られ呂布が敗走すると、弱腰になった董卓は、孫堅を味方につけるべく李傕を送り込みました。
そして、孫堅を味方につけることに失敗した董卓は、李儒の献策によって天子と民衆を連れ去って長安への遷都を強行します。
これにより、光武帝以来後漢の都として栄えてきた洛陽は、無人の廃墟となってしまいました。
次回は、とうとう十八路諸侯が洛陽に入ります。
次回
【023】董卓を追った曹操の敗北。曹洪が曹操を助けて大河を渡る