冀州(きしゅう)・勃海郡(ぼっかいぐん)・南皮県(なんぴけん)に追い詰(つ)められた袁譚(えんたん)の滅亡と、その後曹操(そうそう)に帰順した袁譚(えんたん)の配下についてまとめています。
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曹操の冀州平定。背反した袁譚を攻撃し、袁尚についた烏丸族を従える
建安(けんあん)9年(204年)8月に鄴県(ぎょうけん)を陥落させ、冀州(きしゅう)の大半を平定した曹操(そうそう)の人事と、袁譚(えんたん)の背反(はいはん)、袁尚(えんしょう)に味方する烏丸族(うがんぞく)を従えた牽・・・
曹操の鄴県攻略(前編)審配の抵抗と袁尚の主簿・李孚の活躍
建安(けんあん)9年(204年)春2月、曹操(そうそう)の鄴県(ぎょうけん)攻略の緒戦(しょせん)、袁尚(えんしょう)不在の審配(しんぱい)が守る鄴県(ぎょうけん)攻撃と、袁尚(えんしょう)の主簿(しゅぼ)・李孚(りふ)・・・
孫権の黄祖討伐と豫章郡(予章郡)・会稽郡の反乱
建安(けんあん)8年(203年)の孫権(そんけん)による黄祖(こうそ)討伐と、豫章郡(よしょうぐん)(予章郡(よしょうぐん))と会稽郡(かいけいぐん)で起こった反乱の鎮圧についてまとめています。