建安(けんあん)13年(208年)当時、荊州(けいしゅう)侵攻の布石として豫州(よしゅう)(予州(よしゅう))・潁川郡(えいせんぐん)に配置されていた、于禁(うきん)・楽進(がくしん)・張遼(ちょうりょう)の3人の将軍(・・・
「正史」の記事一覧(13 / 30ページ目)
正史『三国志』における「三顧の礼」と「隆中対」
建安(けんあん)12年(207年)、劉備(りゅうび)が諸葛亮(しょかつりょう)を配下に迎えた「三顧(さんこ)の礼(れい)」と、そこで諸葛亮(しょかつりょう)が披露(ひろう)した戦略「隆中対(りゅうちゅうたい)」についてま・・・
曹操の烏丸征伐。白狼山の戦いと袁尚・袁煕の死
幷州(へいしゅう)(并州(へいしゅう))平定後の曹操(そうそう)の功臣への封爵(ほうしゃく)と、その後の烏丸(うがん)征伐、袁尚(えんしょう)・袁煕(えんき)兄弟の死についてまとめています。
曹操の幷州(并州)平定。梁習の幷州統治と各地の反乱
建安(けんあん)11年(206年)の曹操(そうそう)による幷州(へいしゅう)(并州(へいしゅう))の高幹(こうかん)征伐と、曹操(そうそう)が刺史(しし)に任命した梁習(りょうしゅう)の幷州(へいしゅう)(并州(へいしゅ・・・
高幹と司隷・河東郡の反乱。衛固・范先らを手玉に取った杜畿の知略
建安(けんあん)10年(205年)に起こった高幹(こうかん)の反乱と、河東郡(かとうぐん)の反乱を鎮圧に導(みちび)いた河東太守(かとうたいしゅ)・杜畿(とき)の活躍、その後の杜畿(とき)の河東郡(かとうぐん)統治につい・・・