曹操が長安に向かう董卓の追撃に向かった頃、洛陽では十八路諸侯の結束に関わる重大な事件が起こっていました。
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目次
孫堅が伝国の玉璽を手に入れる
画像引用元:『Three Kingdoms Redux』
前回は長安に向かう董卓を追撃した曹操が、徐栄にボロ負けしちゃったところまででしたよね。
曹操が単独で追撃したのには無理があったよな。董卓を倒す絶好のチャンスを逃したね。
まったくその通りですね。
今回は、とうとう十八路諸侯が解散してしまいます。
ご確認
この記事は『三国志演義』に基づいてお話ししています。正史『三国志』における孫堅の伝国璽の入手については、こちらをご覧ください。
董卓軍の敗因は呂布の裏切りだった!?陽人の戦いと孫堅の洛陽入り
孫堅が洛陽を修復する
さて今回は、曹操が敗れた後の十八路諸侯の様子からお話を始めます。
董卓が洛陽を去ると、十八路諸侯たちは思い思いに廃墟と化した洛陽に陣取ります。
この時、洛陽に一番乗りをした孫堅は建章殿の跡地に陣を敷くと、宮殿の焼け跡を清掃して董卓に暴かれた陵墓を埋め直し、宗廟を修復して祭祀をとり行いました。
さすが孫堅さんっ!他の諸侯は何してるの!?
この有り様だと洛陽に戦略的価値はないな。董卓の狙い通りだ。
まったくその通りですね。
建物が破壊されただけでなく民衆も連れ去られていますから、洛陽に価値はありませんね。
孫堅が伝国璽を手に入れる
孫堅が洛陽の修復に尽力していると、大変な物が見つかりました。
祭祀が終わり孫堅が夜空を見上げると、北極星の周囲にある星座(紫微垣)の光が強くなっているのが見えます。
「帝座の星(北極星)の光が衰えているのは賊臣が国を乱したからだ。万民は塗炭の苦しみをなめ、都は荒れ果ててしまった…」
孫堅が現状を嘆き悲しんで涙を流していると、1人の兵士が慌てて報告に来ました。
「宮殿の南の井戸から5色の光が立ちのぼっておりますっ!」
報告を受けた孫堅が井戸の中を調べさせると、5色の光は女性の遺体の首に下げられた綿の袋から発せられています。
そして、その袋を開けてみたところ、赤い漆の箱の中から1つの玉璽が見つかりました。
伝国の玉璽だっ!
伝国の玉璽?
マリコさん、少帝と陳留王が洛陽を脱出した時のことを覚えていますか?
あっ!
あの時に行方不明になってしまった皇帝の証のハンコだっ!
そうです。その時の伝国の玉璽が、宮殿の南の井戸から見つかったんですね。
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【013】連れ去られた少帝と陳留王のゆくえと董卓による朝廷支配
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十八路諸侯の解散
孫堅の離脱
伝国の玉璽が見つかると、孫堅配下の程普が伝国の玉璽の歴史を説明します。
程普は伝国の玉璽が秦の始皇帝以来、代々の皇帝に受け継がれて来た皇帝権威の象徴であることを説明すると、次のように言いました。
「いま伝国の玉璽が授けられたのは、九五の尊位*1につくべきだという天意です。すぐに江東に帰り、大事を思い立ちください!」
程普の意見に賛成した孫堅は、病気を理由に明日にも十八路諸侯を離脱することを決めました。
孫堅は忠義の士じゃなかったっけ?皇帝になろうとしてるよ(笑)
うん…。本当なら献帝さんに返さないとダメだよね。
そうですね。孫堅はこの事を固く口止めしていたのですが、密告する者が出て袁紹の知るところとなってしまいます。
次の日、孫堅が病気を理由に暇乞いに行くと、袁紹が言いました。
「貴殿の病気は伝国の玉璽が理由であろう。
朝廷の宝物である伝国の玉璽を手に入れたのならば、まずは盟主の私に預け、董卓を討伐した後で朝廷にお返しするべきである。
それを隠して立ち去ろうとは、何の下心だっ!」
これに孫堅は、
「もし私が伝国の玉璽を手に入れ、ひそかに隠していたのならば、必ず非業の最期を遂げるだろうっ!」
と、天を指さして誓いを立てました。
そして、このやり取りを見ていた諸侯たちが、
「孫堅どのがこのように誓いを立てられるからには、きっとお持ちではないのだろう」
と言い出すと、袁紹は密告してきた兵士を呼び寄せ「この男に見覚えはあるか!?」と孫堅を問い詰めました。
驚いた孫堅がすぐさま腰の剣を抜いて密告者を斬ろうとすると、すかさず袁紹も剣を抜き放ちます。
すると、袁紹の後ろからは顔良と文醜が、孫堅の後ろからは程普・黄蓋・韓当が剣を抜いて睨み合う、一触即発の事態となってしまいます。
諸侯たちはあわてて止めに入りましたが、孫堅はそのまま洛陽から立ち去ってしまいました。
顔良と文醜おるやんっ!
でも孫堅さんどうしちゃったの!?
伝国の玉璽の魔力だねぇ…。袁紹も欲しがってるの丸分かりだし(笑)
顔良と文醜は後から呼び寄せたんでしょうね。この出来事は、十八路諸侯の結束に大きな影響を与えました。
脚注
*1 君主(皇帝)の位のこと。
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十八路諸侯の解散
次の日、董卓を追撃に出た曹操の敗北の知らせが届きます。
袁紹は人をやって出迎えると、曹操をねぎらうために酒宴を開きました。
曹操はそこでまた董卓を倒すための策を披露しますが、袁紹は黙ったまま新たに進撃を開始する気配はありません。
袁紹をはじめとする諸侯たちがそれぞれ野心を持っていることを見て取った曹操は、もはや董卓を討つことはできないと感じて、宴会が終わると洛陽を後にして揚州に向かいました。
そして、これをきっかけに諸侯たちは次々に連合を離脱していきます。
公孫瓚
公孫瓚は「袁紹は役立たずだ。ここに長居していても良いことはない」と言い、劉備を平原国の相(太守)に任命すると、自分は本拠地の北平に帰ってしまいました。
劉岱・橋瑁
兗州太守・劉岱は、東郡太守・橋瑁に兵糧の借り入れを申し込みますが、橋瑁は口実をもうけて断ります。
これに腹を立てた劉岱は、橋瑁の陣に攻め込んで橋瑁を殺害し、彼の部下を残らず降参させました。
連合から抜けるだけじゃなくて、仲間割れまでしてるしっ!
正義の旗を掲げて集まったはずなのにこれだよ…。
この様子を見た袁紹も洛陽を離れ、ついに十八路諸侯は解散してしまいました。
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劉表が孫堅の行く手をはばむ
袁紹からの書簡
孫堅が洛陽を去った後、怒りのおさまらない袁紹は荊州刺史・劉表に対し、本拠地の長沙郡に向かう孫堅を待ち伏せて伝国の玉璽を奪うように書簡を送りました。
ここで主な群雄の勢力図を確認しておきましょう。
主な群雄の勢力図(191年)
※ 『三国志演義』における群雄勢力図は、正史『三国志』とは異なります。正史『三国志』の群雄勢力図については下記の関連記事をご覧下さい。
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なるほど。劉表がいる荊州は、洛陽から長沙郡に帰る孫堅のちょうど通り道にあるな。
あれっ!?
劉表さんって初めて出てきましたよね。十八路諸侯の中にもいなかったような…。
はい。
それでは少し、劉表についてお話ししておきましょう。
劉表の特長と略歴
姓は劉、名は表、字は景升。兗州・山陽郡・高平国の人。
漢の皇室の一族で、
- 汝南の陳翔
- 汝南の范滂
- 魯国の孔昱
- 勃海の范康
- 山陽の檀敷
- 山陽の張倹
- 南陽の岑咥
らと親交を結び、劉表を加えた8人の名士は「江夏の八俊」と呼ばれていました。
劉表さんも劉備さんと同じ漢室の末裔なんですねっ!
むしろ劉表の方が由緒正しいけどな(笑)
そうですね。
袁紹からの書簡を受け取った劉表は、すぐさま配下の蒯越と蔡瑁に1万の兵を与えて孫堅を待ち受けさせました。
劉表が孫堅の行く手を阻む
孫堅の軍勢が荊州に差しかかったとき、蒯越は陣形を整えて孫堅の行く手を遮ります。
孫堅が馬を進めて、
「蒯英度*1どの、なにゆえ我らの行く手を阻まれるのだ?」
と問うと、蒯越は言いました。
「お前は漢の臣下でありながら、なにゆえ伝国の玉璽を隠して国へ帰るのだ!?おとなしく玉璽を渡せばここを通してやろう」
これを聞いた孫堅は大いに怒って黄蓋を挑ませると、これに蔡瑁が応じます。
斬り結ぶこと数合、黄蓋の鉄鞭が蔡瑁の胸を打ちつけると、蔡瑁は馬首を返して逃げ出しました。すると孫堅は、この勢いに乗じて蒯越と蔡瑁の軍に攻めかかります。
程普さんと言い黄蓋さんと言い、孫堅さんの部下はみんな強いねっ!
脚注
*1 英度(えいど)は蒯越(かいえつ)の字(あざな)。『魏書(ぎしょ)』劉表伝(りゅうひょうでん)の注に引かれている司馬彪(しばひょう)の『戦略(せんりゃく)』では異度(いど)とされている。
孫堅、窮地を脱する
ですが、孫堅軍が荊州の境を越えたとき、山の向こうから新手の軍勢が現れます。
蒯越と蔡瑁は囮か…。
鐘や太鼓を打ち鳴らして現れたのは、荊州刺史・劉表その人でした。
「景升どのはなにゆえ袁紹の讒言を信じて我々の行く手を阻まれるのかっ!」
孫堅が会釈をしてこう問うと、劉表は言います。
「私に信じて欲しいのであれば、軍中の荷物をすべて確認させよっ!」
伝国の玉璽を隠し持っている孫堅にとっては、劉表に荷物を確認させるわけにはいきません。ごまかすことが出来なくなった孫堅は、強行突破しようと劉表軍に攻めかかりました。
すると劉表は、馬首を返して逃げはじめます。
孫堅が逃げる劉表を追っていくと、左右の山陰から劉表軍の伏兵が現れて、前方は劉表、後方は蒯越・蔡瑁と、四方を囲まれてしまいました。
そして、「孫堅はどうなるのでしょうか?」と言うところで『三国志演義』の第6回が終わります。
おぉ〜っ!また良いところでっ(笑)
大丈夫、今回もなんとか逃げ切れるはず…。
はい。
今回も程普・黄蓋・韓当の3人の決死の活躍によって、なんとか長沙郡にたどり着くことができました。
あれっ!?言っちゃった(笑)でも良かった…。
次回はまた舞台が変わりますので、孫堅のお話しは今回で終わらせておきます(笑)
あれっ!?
でも『三国志 Three Kingdoms』だと孫堅はここで死ぬはずじゃ…。
『三国志 Three Kingdoms』では、この後の孫堅と劉表の戦いがカットされていて、ここで孫堅が亡くなったことになっていますね。
そうだったのか…。
曹操が長安に向かう董卓の追撃に向かっていた頃、洛陽では孫堅が失われていた伝国の玉璽を発見しました。
このことは十八路諸侯の盟主・袁紹にも伝わり、やがて連合の解散へと発展してしまいます。
そして、袁紹の要請を受けて孫堅の帰国を妨害した劉表と孫堅の間には、取り返しのつかない程の強い敵対関係が生まれました。
次回は、これまで仲間同士だった諸侯たちが、ついに争いを始めます。
次回
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