大人気中国ドラマ『三国志 Three Kingdoms』の「名言集」の第2弾です。

今回は第7話〜第12話。「孫権(そんけん)が敗死するところから、呂布(りょふ)が劉備(りゅうび)を頼って徐州(じょしゅう)に入るまで」の内容からピックアップしています。

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第1部 群雄割拠(第7話〜第12話より)

【スリキン】三国志 Three Kingdoms 名言集Ⅱ(第7話〜第12話)

第7話「孫堅の死」

名言No.030


孫堅孫堅

やはりこの、伝国璽(でんこくじ)が禍(わざわい)をもたらした…。

劉表(りゅうひょう)の襲撃を受け、致命傷を負った孫堅(そんけん)が言った言葉。


孫堅(そんけん)は死の間際、そばにいた孫権(そんけん)に、

「あの伝国璽(でんこくじ)は孫家(そんけ)にはいらぬ。捨ててしまえ!時期を見て伝国璽(でんこくじ)を袁術(えんじゅつ)に渡せ。そして袁氏(えんし)同士で争わせるのだ…」

と遺言(ゆいごん)しました。

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名言No.031


孫策孫策

父上の亡骸(なきがら)を取り戻すまで、私は死んでも帰らぬっ!

劉表(りゅうひょう)の襲撃を切り抜けた孫策(そんさく)が、すぐに江東(こうとう)に帰ることを促(うなが)す程普(ていふ)に言った言葉。


この後(あと)、孫堅(そんけん)の亡骸(なきがら)と捕虜にしていた黄祖(こうそ)を交換するため、自(みずか)ら使者となることを志願した孫権(そんけん)は、まだ9歳ながらみごとな交渉術を見せ、無事その役目を果たしました。

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第8話「王允の離間の計」

名言No.032


貂蝉貂蝉

そのやり方は、獣(けだもの)と同じです父上…。

「お前を董卓(とうたく)に差し出すつもりだ!」と、王允(おういん)の本心を聞かされた貂蝉(ちょうせん)が言った言葉。


国を救うため、王允(おういん)の願い通り呂布(りょふ)と婚約を交わした貂蝉(ちょうせん)ですが、次に待っていたのは呂布(りょふ)と董卓(とうたく)を反目させるため、今度は董卓(とうたく)に差し出されるという運命でした。


王允(おういん)の招(まね)きで邸(やしき)を訪(おとず)れた董卓(とうたく)は、一目で貂蝉(ちょうせん)を気に入って鼻の下を伸ばし「貂蝉(ちょうせん)を後宮に入れ、貴妃(きひ)とするがよかろう」と、貂蝉(ちょうせん)を自分に預(あず)けるように命じました。

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名言No.033


呂布呂布

私もそなたと暮らせぬのであれば、共に死にたい。

貂蝉(ちょうせん)が董卓(とうたく)に預(あず)けられることを知った呂布(りょふ)は、血相を変えて王允(おういん)の邸(やしき)に怒鳴り込みます。

王允(おういん)に説得され、最後に密会する呂布(りょふ)と貂蝉(ちょうせん)。

「こうなってはあの世で結ばれることを祈(いの)るしかありません。私のことはお忘れください」

と言う貂蝉(ちょうせん)に呂布(りょふ)が言った言葉。


この後(あと)呂布(りょふ)は「貂蝉(ちょうせん)を頂けませんか」と董卓(とうたく)に直訴(じきそ)しますが、董卓(とうたく)は許しませんでした。

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第9話「鳳儀亭の貂蟬」

名言No.034


李儒李儒

呂布(りょふ)はたかが馬のために、自(みずか)ら手を下して丁原(ていげん)を殺(あや)めたのです。

呂布(りょふ)の貂蝉(ちょうせん)への思いがただならぬのを見て取った李儒(りじゅ)は、この言葉で「呂布(りょふ)から貂蝉(ちょうせん)を奪うことの危(あや)うさ」を説(と)き、「天下取りとたかが女1人、どちらが大事であるか明白ではありませぬか」と董卓(とうたく)を諫(いさ)めました。


これを聞いた董卓(とうたく)は、呂布(りょふ)と娶(めあわ)せることを貂蝉(ちょうせん)に相談しますが、貂蝉(ちょうせん)の巧(たく)みな演技に丸め込まれて、結局貂蝉(ちょうせん)を手放しませんでした。

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名言No.035


呂布呂布

貂蝉(ちょうせん)、そなたはきっと取り戻すっ!

董卓(とうたく)の目を盗んで鳳儀亭(ほうぎてい)で密会する呂布(りょふ)と貂蝉(ちょうせん)。

「将軍と一緒になれぬのなら、生きていても何の意味もありません。どうか私を死なせてください」と言う貂蝉(ちょうせん)に呂布(りょふ)が言った言葉。


この現場を目撃した董卓(とうたく)は激怒して、呂布(りょふ)に方天画戟(ほうてんがげき)を投げつけました。

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第10話「董卓の死」

名言No.036


陳宮陳宮

長安城(ちょうあんじょう)を乱した相国(しょうこく)に、連環(れんかん)の計を謀(はか)られましたな…。

王允(おういん)の邸(やしき)を訪(おとず)れた陳宮(ちんきゅう)が、王允(おういん)の計略を見破って言った言葉。


そこへ、董卓(とうたく)を怒らせてしまった呂布(りょふ)が、王允(おういん)の元に相談にやって来ます。

そこで王允(おういん)と陳宮(ちんきゅう)は、呂布(りょふ)を説得して董卓(とうたく)を倒す決心をさせました。

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名言No.037


王允王允

蒼天(そうてん)よ!先帝よっ!漢(かん)は救われましたぞっ!!

呂布(りょふ)が董卓(とうたく)を突き殺したのを見た王允(おういん)が、天を仰(あお)いで叫(さけ)んだ言葉。


天子(てんし)の位を譲(ゆず)ることを口実に董卓(とうたく)を宮殿に呼び出した王允(おういん)は、「逆賊・董卓(とうたく)を討(う)て」という天子(てんし)の勅命(ちょくめい)を読み上げ、それに応じた呂布(りょふ)が董卓(とうたく)を突き殺しました。

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名言No.038


王允王允

ふんっ、ならぬ!赦免(しゃめん)などせぬぞ、李傕(りかく)も郭汜(かくし)も許すものかっ!

「董卓(とうたく)の武将・李傕(りかく)と郭汜(かくし)に投降を勧められてはいかがでしょう?」と進言する陳宮(ちんきゅう)に王允(おういん)が言った言葉。


その結果、追い詰められた李傕(りかく)と郭汜(かくし)は長安(ちょうあん)を攻め、守りきれないと悟(さと)った王允(おういん)は、長安城(ちょうあんじょう)の城壁から飛び降りて自害しました。

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第11話「劉備、徐州を救う」

名言No.039


曹操曹操

そなたの話は美酒と同じだ。人を酔わせるな。

陶謙(とうけん)配下の張闓(ちょうがい)に父・曹嵩(そうすう)を殺害されて悲嘆(ひたん)に暮(く)れる曹操(そうそう)が、荀彧(じゅんいく)の進言を聞いて言った言葉。


荀彧(じゅんいく)はまず、お悔(く)やみを申し上げると共に「徐州(じょしゅう)を攻める大義を得た」と、お祝いの言葉を述(の)べました。


徐州(じょしゅう)は諸侯がみな渇望(かつぼう)する中原(ちゅうげん)の要衝(ようしょう)の地ですが、これまで義に厚く評判が良い陶謙(とうけん)を攻める大義がありませんでした。

曹操(そうそう)配下の武将たちは、曹嵩(そうすう)を殺して逃亡した張闓(ちょうがい)を討(う)つことばかり考えていましたが、荀彧(じゅんいく)は張闓(ちょうがい)よりも徐州(じょしゅう)を攻めるべきだと進言したのです。

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名言No.040


劉備劉備

正道は不滅、大義は永遠である。

公孫瓚(こうそんさん)から劉備(りゅうび)に仕えることになった趙雲(ちょううん)は、わずかな兵で陶謙(とうけん)の援軍に向かおうとする劉備(りゅうび)に、「わずか2,000の兵で曹操(そうそう)に太刀打ちできるのですか?」と問いかけました。

袁紹(えんしょう)、袁術(えんじゅつ)、劉表(りゅうひょう)、公孫瓚(こうそんさん)らがみな陶謙(とうけん)の援軍要請を断る中、「義は陶謙(とうけん)にある」と、ただ1人援軍に向かう劉備(りゅうび)は、この言葉で「たとえ敗(やぶ)れても悔(く)いはない」という覚悟を示したのです。


陶謙(とうけん)の援軍に駆けつけた劉備(りゅうび)軍は寡兵(かへい)ながら善戦し、曹操(そうそう)軍を撤退させました。

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名言No.041


劉備劉備

仁義や道理は単なる建前ではない。肝心なのは良心に恥じぬ行動を取ることだ。

曹操(そうそう)軍を撤退させた劉備(りゅうび)に陶謙(とうけん)は、「徐州(じょしゅう)を譲(ゆず)りたい」と申し出ますが、劉備(りゅうび)は丁重に辞退しました。

これに「兄者は人が良すぎる」と不満をもらす関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)に劉備(りゅうび)が言った言葉。


劉備(りゅうび)は「たとえ善意でも、もし徐州(じょしゅう)を譲(ゆず)り受ければ下心があったと疑われてしまう」と、関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)をたしなめました。

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第12話「呂布、小沛に留まる」

名言No.042


曹操曹操

命令だ、直(ただ)ちに全軍撤退せよ。

再度徐州(じょしゅう)を攻めようとする曹操(そうそう)の元へ、本拠地・兗州(えんしゅう)に呂布(りょふ)が攻め込んだという報告が届きます。

さらに、陳宮(ちんきゅう)が呂布(りょふ)の軍師(ぐんし)になったと聞いた曹操(そうそう)は、迷うことなく徐州(じょしゅう)から撤退する命令を出しました。

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名言No.043


劉備劉備

我(われ)人に背(そむ)かれるも、我人(われひと)に背(そむ)かず。

陶謙(とうけん)の遺言(ゆいごん)に従って徐州牧(じょしゅうぼく)となった劉備(りゅうび)の元へ、兗州(えんしゅう)で曹操(そうそう)軍に敗(やぶ)れた呂布(りょふ)が頼ってきました。

呂布(りょふ)のこれまでの行いから受け入れることに反対する関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)に、劉備(りゅうび)はあえて、かつて曹操(そうそう)が言った「我人(われひと)に背(そむ)くとも、人我(ひとわれ)に背(そむ)かせじ」の逆の言葉を言いました。

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名言No.044


関羽関羽

女のこととなると、からきしウブだからなぁ。

ある日、呂布(りょふ)が内輪の宴(うたげ)を開いて劉備(りゅうび)を招待しました。

その宴(うたげ)に呂布(りょふ)の妻で絶世の美女である貂蝉(ちょうせん)も出席していることを知った関羽(かんう)が、呂布(りょふ)が女の色香を使って何か企(たくら)んでいると心配して言った言葉。


この後、張飛(ちょうひ)が乱入して宴(うたげ)はメチャクチャになり、気まずくなった呂布(りょふ)は徐州城(じょしゅうじょう)を出て小沛(しょうはい)に駐屯することになりました。


後(のち)に劉備(りゅうび)は女の色香でメロメロになって趙雲(ちょううん)を困らせることになりますから、関羽(かんう)の心配もあながち的外れではありませんねっ!

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続き

【スリキン】三国志 Three Kingdoms 名言集03(第13話〜第18話)

三国志 Three Kingdoms 名言集【目次】

画像引用元

中国ドラマ『三国志 Three Kingdoms』

三国志 Three Kingdoms | チャンネル銀河