大人気中国ドラマ『三国志 Three Kingdoms』の「名言集」の第22弾です。

今回は第88話〜第92話。「第2次北伐から孔明(こうめい)が司馬懿(しばい)に女物の衣を贈るところまで」の内容からピックアップしています。

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第7部 危急存亡(第88話〜第92話より)

第7部 危急存亡(第88話〜第92話より)

第88話「曹真、兵権を譲る」

名言No.362


趙雲趙雲

北伐!北伐!北伐…!

趙雲(ちょううん)が今際(いまわ)の際(きわ)に言い遺(のこ)した言葉。


2度目の北伐を前に、五虎大将軍(ごこだいしょうぐん)の最後の1人である趙雲(ちょううん)が亡くなりました。

この報告を聞いた孔明(こうめい)は筆を落とし、その場に倒れ込んで号泣しました。

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名言No.363


曹叡曹叡

そなたは女どもと戯(たわむ)れてばかりではないか! 享楽(きょうらく)に溺(おぼ)れ、辺境での大事も知らぬっ!

曹叡(そうえい)が曹真(そうしん)に言った言葉。


司馬懿(しばい)を罷免(ひめん)した後、曹叡(そうえい)は曹真(そうしん)を大都督(だいととく)に任命しましたが、曹真(そうしん)は任地にも行かず洛陽(らくよう)で享楽(きょうらく)に耽(ふけ)り、蜀(しょく)軍が北伐を開始したことにも気づいていませんでした。

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名言No.364


諸葛亮諸葛亮

この大計は曹真(そうしん)を討つために巡(めぐ)らせたもの。功を奏さず残念だ…。

魏(ぎ)の先鋒将軍(せんぽうしょうぐん)・費耀(ひよう)を討ち取った魏延(ぎえん)に孔明(こうめい)が言った言葉。


孔明(こうめい)が攻撃目標とした陳倉城(ちんそうじょう)は、司馬懿(しばい)が推挙した郝昭(かくしょう)が固く守り、蜀(しょく)軍は攻めあぐねていました。

曹真(そうしん)が援軍に出たことを知った孔明(こうめい)は、姜維(きょうい)に偽装投降をさせ、曹真(そうしん)の援軍を誘い込んで大戦果を挙げます。


費耀(ひよう)を討ち取って意気揚々(いきようよう)と帰って来た魏延(ぎえん)にこの言葉を言うと、孔明(こうめい)は南に撤退することを告げました。


いや孔明(こうめい)、一言で良いから魏延(ぎえん)を褒めてあげてっ!

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名言No.365


郝昭郝昭

司馬(しば)どの!申し訳ありませぬっ!

孔明(こうめい)が南に退き始めたことを知った曹真(そうしん)は、蜀(しょく)軍を追撃することにします。

そこで曹真(そうしん)は、王双(おうそう)に大都督(だいととく)の兵符を持たせ、陳倉城(ちんそうじょう)の兵も追撃に動員しようとします。仕方なく郝昭(かくしょう)は、兵の半分を王双(おうそう)に貸し与えました。


一方、この追撃を読んでいた孔明(こうめい)は、魏延(ぎえん)に王双(おうそう)を討たせ、手薄になった陳倉城(ちんそうじょう)に攻撃を仕掛けます。

陳倉城(ちんそうじょう)が陥落すると、郝昭(かくしょう)はこの言葉を叫んで自害しました。

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名言No.366


曹真曹真

曹爽(そうそう)、父は建国以来、初めて斬首される大都督(だいととく)となる…。

次々に届く敗戦の知らせを聞いた曹真(そうしん)が、曹爽(そうそう)に言った言葉。


魏延(ぎえん)に王双(おうそう)を討たれ、陳倉城(ちんそうじょう)まで失った曹真(そうしん)は、重病を患(わずら)った振りをして大都督(だいととく)を退(しりぞ)き、司馬懿(しばい)に蜀(しょく)軍を討たせることにしました。

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第89話「司馬仲達、計にあたる」

名言No.367


司馬懿司馬懿

1人の逃亡兵は、1部隊の兵馬に影響を与えるのだぞ。

逃亡兵を野放しにしていた郭淮(かくわい)に司馬懿(しばい)が言った言葉。


曹真(そうしん)に代わって大都督(だいととく)に任命された司馬懿(しばい)は、

「逃亡兵1人につき1人を斬る。兵卒(へいそつ)が逃げれば伍長(ごちょう)を斬る。伍長(ごちょう)が逃げれば什長(じゅうちょう)を斬る。什長(じゅうちょう)が逃げれば校尉(こうい)を斬る。校尉(こうい)が逃げれば将軍(しょうぐん)を斬る。将軍(しょうぐん)が逃げれば司馬懿(しばい)自(みずか)ら首を刎(は)ね、朝廷に謝罪する!」

と決め、賞罰を明らかにして軍規を引き締めました。

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名言No.368


諸葛亮諸葛亮

司馬懿(しばい)の策略とは城を守り戦わぬこと。

司馬懿(しばい)の陣を偵察した孔明(こうめい)が言った言葉。


「司馬懿(しばい)を消さぬ限り、中原(ちゅうげん)には入れまい」

孔明(こうめい)は司馬懿(しばい)をおびき出すため、魏延(ぎえん)に武都(ぶと)と陰平(いんぺい)を包囲させました。


司馬懿(しばい)はこれを孔明(こうめい)の罠と見破っていましたが、援軍を出さなければ、他の城が包囲された時に簡単に蜀(しょく)軍に降(くだ)ってしまう恐れがあります。

司馬懿(しばい)は孫礼(そんれい)に3千の兵を与えて援軍に出し、続いて郭淮(かくわい)に孫礼(そんれい)を救出に行かせました。


司馬懿(しばい)をおびき出すことに失敗した孔明(こうめい)は、「おびき出すには大物の餌(えさ)が必要」と、自(みずか)ら餌(えさ)となることにしました。

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名言No.369


司馬懿司馬懿

賢(かしこ)すぎる者は、その賢(かしこ)さで過(あやま)ちを犯す!

孔明(こうめい)が軍を率いて武都(ぶと)に向かっているという報告を受けた司馬懿(しばい)が言った言葉。


自分をおびき出すため、今度は孔明(こうめい)自身が囮(おとり)になったか…。

そう考えた司馬懿(しばい)は、伏兵が待っているであろう孔明(こうめい)ではなく、蜀(しょく)軍の兵糧が蓄えてある軍営を襲い、蓄えられた兵糧を焼き尽くすことを思いつきました。

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名言No.370


司馬懿司馬懿

この世にこんな釣り方があるか!?餌(えさ)は武都(ぶと)にあり、鉤針は軍営にあったぞっ!

孔明(こうめい)の策略にはまった司馬懿(しばい)が言った言葉。


司馬懿(しばい)は武都(ぶと)に向かった孔明(こうめい)には目もくれず、張郃(ちょうこう)に命じて蜀(しょく)軍の軍営を襲わせます。

ですが陣営には、魏延(ぎえん)と張苞(ちょうほう)が待ち受けていました。

高見からこの戦いを見ていた孔明(こうめい)は、張郃(ちょうこう)の勇猛さに感嘆します。そして「奴を生きて帰してはならぬ」と、姜維(きょうい)の部隊を剣閣(けんかく)に伏せて張郃(ちょうこう)を討ち取りました。

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名言No.371


曹叡曹叡

そなたの父が負けた時も処刑したか?

敗北した司馬懿(しばい)を「法に照らして処刑すべき」と言う曹爽(そうそう)に、曹叡(そうえい)が言った言葉。


仮病で寝たきりになっていた曹真(そうしん)は、司馬懿(しばい)の敗北と張郃(ちょうこう)の戦死を聞くと元気満々起き上がり、復職を願う上奏をします。

曹叡(そうえい)は、曹真(そうしん)を征西大都督(せいせいだいととく)に、司馬懿(しばい)を征西副都督(せいせいふくととく)に任命しました。

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第90話「曹真、敵を軽んじる」

名言No.372


曹真曹真

私が大都督(だいととく)になって18日だ。3日も遅れてしまった(笑)

蜀(しょく)軍が撤退を始めたことを知った曹真(そうしん)が、将軍(しょうぐん)たちに言った言葉。


孔明(こうめい)は重い病にかかり、陳倉城(ちんそうじょう)をはじめ今回の出征で手に入れた城を捨て、漢中(かんちゅう)に撤退することを決めます。


蜀(しょく)軍撤退の報告を受けた曹真(そうしん)は、

「将軍(しょうぐん)各位、大都督(だいととく)に就任した折(おり)は大言壮語(たいげんそうご)した。敵を半月の内に撤退させる。そう申したのは失言だ。まったく失言だった。私が大都督(だいととく)になって18日だ。丸々3日遅れたな、3日も遅れてしまった」

と得意になり、蜀(しょく)軍から奪い返した陳倉城(ちんそうじょう)に入りました。

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名言No.373


司馬懿司馬懿

覚えておけ、曹爽(そうそう)の才はあの父をはるかに凌(しの)ぐ。今後、よく留意しておくのだぞ。

司馬懿(しばい)が司馬昭(しばしょう)に言った言葉。


副都督(ふくととく)として曹真(そうしん)の下で働くことになった司馬懿(しばい)は、曹真(そうしん)の息子・曹爽(そうそう)の才が優れていることを見抜き、司馬昭(しばしょう)に警告しました。

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名言No.374


司馬懿司馬懿

禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如(ごと)し…。

大都督(だいととく)が司馬懿(しばい)から曹真(そうしん)に代わった途端、魏(ぎ)軍は連戦連勝し、奪われていた多くの城を取り返します。

すると司馬懿(しばい)は、曹真(そうしん)・曹爽(そうそう)親子の褒賞を求める上奏文を書くことを引き受けました。わざわざライバルの手柄を報告しようというのです。


これを不思議に思った司馬昭(しばしょう)が尋(たず)ねると、司馬懿(しばい)は言いました。

「おそらくかように思うはずだ。ほほう、司馬懿(しばい)はなかなかやる。鷹(たか)や狼のごとく悪辣(あくらつ)と思っていたが、その実は虚心坦懐(きょしんたんかい)にして度量の広い年寄りだ。曹真(そうしん)との過去をきれいさっぱりぬぐい去り、今は心を合わせて国の難に立ち向かっていると…」

そして司馬懿(しばい)はこう続けます。

「とりわけその上奏文の後(のち)に、すぐに曹真(そうしん)の敗戦の知らせが届けば、陛下はさらに驚かれる。んん?つい先日司馬懿(しばい)が褒賞を与えよと上奏したのに、すぐに負けるとは。何と無能な輩(やから)であるのかとっ!」

つまり、この連勝は孔明(こうめい)の計略の1つに過ぎず、曹真(そうしん)は必ず負けることを読んでいたのです。


「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄の如(ごと)し…」

「もったいを付けた物言いをやめて教えてください」という司馬昭(しばしょう)に司馬懿(しばい)は、「ならぬ。己(おのれ)で考えよ」と言って突き放しました。

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名言No.375


司馬懿司馬懿

おやおや、賊兵かと思えば大都督(だいととく)でありましたか?

這々(ほうほう)の体(てい)で敗走する曹真(そうしん)に司馬懿(しばい)が言った言葉。


孔明(こうめい)が重病を患(わずら)ったと言うのは、計略のための嘘でした。

もうすぐ長雨となり、低地にある陳倉城(ちんそうじょう)は水浸(みずびた)しとなる。水浸(みずびた)しとなって、武器や防具、兵糧などが使い物にならなくなった頃、孔明(こうめい)は陳倉城(ちんそうじょう)に攻撃を開始します。

魏延(ぎえん)と王平(おうへい)に大敗北を喫(きっ)した曹真(そうしん)は、蜀(しょく)軍の鎧(よろい)を着て敗走しました。


そこへ現れた司馬懿(しばい)が曹真(そうしん)を嘲(あざけ)ると、曹真(そうしん)は血を吐(は)いて憤死(ふんし)してしまいました。

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第91話「諸葛亮、軍を返す」

名言No.376


諸葛亮諸葛亮

そなたがこの陣を攻撃し、破れたならば、私は漢中(かんちゅう)に引き払い二度と出ては来ぬ。

奇門八卦(きもんはっけ)の陣を敷いた孔明(こうめい)が、司馬懿(しばい)に言った言葉。


蜀(しょく)軍と魏(ぎ)軍は、祁山(きざん)で対峙しました。孔明(こうめい)と司馬懿(しばい)は、両陣の間に進み出てお互いの道理を説(と)きますが、話は平行線。

やはり戦うしかないと、司馬懿(しばい)は「混元一気(こんげんいっき)の陣」を見せ、孔明(こうめい)は「奇門八卦(きもんはっけ)の陣」を見せました。

この陣の破り方を知っている司馬懿(しばい)は、配下の将軍(しょうぐん)に孔明(こうめい)の「奇門八卦(きもんはっけ)の陣」に挑(いど)ませますが、突入すると陣が変化して破ることができませんでした。

その後、孔明(こうめい)の挑発を受けた司馬懿(しばい)は全軍で突撃し、大敗を喫(きっ)しました。

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名言No.377


司馬懿司馬懿

よくぞやってくれた、棒叩き80回を授(さず)けるっ!

蜀(しょく)軍の兵糧輸送を15日遅らせた苟安(こうあん)に司馬懿(しばい)が言った言葉。


祁山(きざん)で司馬懿(しばい)を破った孔明(こうめい)ですが、兵糧が底を突いていたため、追撃することができませんでした。


15日遅れてやっと兵糧を届けた苟安(こうあん)に、孔明(こうめい)は棒叩き80回の刑罰を与えます。

兵糧輸送は3日遅れれば斬首。ですが孔明(こうめい)は、苟安(こうあん)が李厳(りげん)の甥(おい)であることから刑を軽くしたのでした。


戻る途中の苟安(こうあん)を捕らえた司馬懿(しばい)は、命を助ける代わりに、李厳(りげん)に偽の密書を届けるように命じました。

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名言No.378


李厳李厳

諸葛亮(しょかつりょう)がこれを理由に廃されようと、この私がいるではないか。私が諸葛亮(しょかつりょう)にどれ程劣るというのだ。

「もし諸葛亮(しょかつりょう)を倒さば、朝廷は大いに乱れ、蜀(しょく)は終わりです!」と言う李豊(りほう)に李厳(りげん)が言った言葉。


苟安(こうあん)が李厳(りげん)に届けた密書には、

「孔明(こうめい)と司馬懿(しばい)が両軍撤退の密約を交わし、渭水(いすい)を境(さかい)に互いに侵犯せぬと約束した」

とありました。

その場にいた李厳(りげん)の子・李豊(りほう)は、「これは司馬懿(しばい)が仕掛けた離間(りかん)の計では?」と進言しますが、李厳(りげん)はこれが司馬懿(しばい)の計略であることを知りながら、劉禅(りゅうぜん)に報告に行きました。

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名言No.379


諸葛亮諸葛亮

李厳(りげん)は私を曹操(そうそう)と申したか?

成都(せいと)に戻った孔明(こうめい)が、李厳(りげん)に言った言葉。


李厳(りげん)の報告を受けた劉禅(りゅうぜん)は、真偽を確かめるために孔明(こうめい)を成都(せいと)に呼び戻しました。

これにより戦いを有利に勧めていた蜀(しょく)軍は全軍の総指揮官が不在となり、勢いを失うことになります。


「密書については追求しないでおこう…」

孔明(こうめい)を信じて疑わない劉禅(りゅうぜん)に、李厳(りげん)は言いました。

「諸葛亮(しょかつりょう)は秘かに司馬懿(しばい)に通じ、国を奪おうとしています。今の諸葛亮(しょかつりょう)は曹操(そうそう)と同じです」

そこへ、前線から到着した孔明(こうめい)がやってきました。

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名言No.380


諸葛亮諸葛亮

忌憚(きたん)なく申さば、李厳(りげん)がうらやましい。

李豊(りほう)の証言により、孔明(こうめい)への疑惑は晴れました。

李厳(りげん)は偽(いつわ)りの情報を流した罪により庶民に落とされ、孔明(こうめい)は李厳(りげん)の後任に李豊(りほう)を推挙します。


李厳(りげん)の様子を尋ねられた李豊(りほう)は言いました。

「丞相(じょうしょう)、おかしなことに、父は常に鬱々(うつうつ)としていましたが、庶民に降格されて以来、心身軽やかで、出掛けるときには嬉しそうでした」

すると孔明(こうめい)は、

「忌憚(きたん)なく申さば、李厳(りげん)がうらやましい。私も南陽(なんよう)に帰って山中で余生を送りたいものだ。言っても詮(せん)ないがな…」

と言いました。

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第92話「木牛流馬」

名言No.381


劉禅劉禅

相父(しょうほ)も年老いた。もう二度と会えぬような気がして…。

5度目の北伐に臨(のぞ)む孔明(こうめい)を見送った劉禅(りゅうぜん)が言った言葉。

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名言No.382


魏延魏延

丞相(じょうしょう)を待っていては勝機を失う。

「丞相(じょうしょう)は自(みずか)らが不在の間は、決して軍を動かすなと…」と言う馬岱(ばたい)に魏延(ぎえん)が言った言葉。


孔明(こうめい)の不在中、魏(ぎ)の将軍(しょうぐん)・鄭文(ていぶん)が投降してきました。

鄭文(ていぶん)が言うには、蜀(しょく)軍が本陣と睨(にら)んでいた隴西(ろうせい)には司馬懿(しばい)はおらず、鉄騎5千の兵とともに北原(ほくげん)にいるとのこと。


この話を信じた魏延(ぎえん)は孔明(こうめい)の命令に背(そむ)き、馬岱(ばたい)とともに蜀(しょく)軍の精鋭2万を率いて北原(ほくげん)に向かいます。

ですが、北原(ほくげん)に向かう途中の紫石谷(しこくや)には伏兵が置かれていました。鄭文(ていぶん)の投降は偽(いつわ)りの投降だったのです。

絶体絶命の危機に陥った魏延(ぎえん)は、陣営に戻った孔明(こうめい)が派遣した姜維(きょうい)と王平(おうへい)に救われました。


孔明(こうめい)は魏延(ぎえん)と馬岱(ばたい)に、隴西(ろうせい)から司馬懿(しばい)をおびき出すため、挑発するように命じました。

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名言No.383


司馬懿司馬懿

人は欲をかかなければ枕を高くして眠れる。

度重なる挑発にも乗ってこない司馬懿(しばい)に孔明(こうめい)は、「命を大事に穴に潜(ひそ)むのは女人といずこが異なろう」と書いた書簡とともに、女物の衣を贈りました。

使者となった楊儀(ようぎ)は、「お召しになって、着心地を試してみられては?」とさらに挑発します。

司馬懿(しばい)は孔明(こうめい)に贈られた女物の衣を身にまとうと、楊儀(ようぎ)に酒をすすめて、孔明(こうめい)の食事や睡眠について聞きました。

「眠らずに働いておっては身体がもつまい」

最後に司馬懿(しばい)は「戻って伝えられよ」と、楊儀(ようぎ)にこの言葉を言いました。

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名言No.384


諸葛亮諸葛亮

荊州(けいしゅう)が我らの手にあれば、いかに良かったかっ!!

「30万の大軍は、北伐の度(たび)に兵糧で苦労することになる…」と、期日を過ぎても兵糧が届かないことを嘆(なげ)いて孔明(こうめい)が言った言葉。

今回兵糧の到着が遅れたのは、豪雨による土石で桟道(さんどう)がふさがれ、馬車が通れなくなったことが原因でした。

孔明(こうめい)は、「天は曹(そう)を助け、漢(かん)をお見捨てになったというのか…」と嘆(なげ)きましたが、25年前に臥龍崗(がりょうこう)で設計した「木牛流馬(もくぎゅうりゅうば)」を思い出し、300台つくらせるように言いました。

「木牛流馬(もくぎゅうりゅうば)」とは、険しい道でも進むことができる荷車のようなものです。

このことを聞きつけた司馬懿(しばい)は、拒馬塞(きょばさい)の桟道(さんどう)で蜀(しょく)軍の輜重隊(しちょうたい)を襲って「木牛流馬(もくぎゅうりゅうば)」を鹵獲(ろかく)し、同じものをつくらせました。

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続き

【スリキン】三国志 Three Kingdoms 名言集23(第93話〜第95話)

三国志 Three Kingdoms 名言集【目次】

画像引用元

中国ドラマ『三国志 Three Kingdoms』

三国志 Three Kingdoms | チャンネル銀河