「典韋伝」曹操を守るため壮絶な最期を遂げた親衛隊長

叛乱（はんらん）軍の襲撃から曹操（そうそう）を守るため壮絶な最期を遂（と）げた典韋（てんい）とは、一体どんな人物だったのでしょうか。

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出自

出身地 / 生没年

字（あざな）

不明。

出身地

兗州（えんしゅう）・陳留郡（ちんりゅうぐん）・己吾県（きごけん）。

兗州（えんしゅう）・陳留郡（ちんりゅうぐん）・己吾県（きごけん）

生没年

• 生年不詳〜 建安（けんあん）2年（197年）没。
• 『魏書（ぎしょ）』に列伝があります。

家族・親族

子：典満（てんまん）

典韋（てんい）の死を聞いた曹操（そうそう）は、彼の葬儀を済ませると典満（てんまん）を郎中（ろうちゅう）に任命し、その後、典韋（てんい）を思って司馬（しば）に取り立てて、彼を身近に引き留（と）めておきました。

また、文帝（ぶんてい）（曹丕（そうひ））が王位につくと都尉（とい）に任命され、関内侯（かんだいこう）に封ぜられました。

劉氏のために報復する

典韋（てんい）は容貌（ようぼう）は立派で、その筋力は人並み外（はず）れて優（すぐ）れ、固い節義と侠気（おとこぎ）を持っていました。

兗州（えんしゅう）・陳留郡（ちんりゅうぐん）・襄邑県（じょうゆうけん）の劉氏（りゅうし）は、豫州（よしゅう）（予州（よしゅう））・梁国（りょうこく）・睢陽県すいようけんの李永（りえい）と仇敵（きゅうてき）の間柄でした。そこで典韋（てんい）は、劉氏（りゅうし）のために李永（りえい）に報復することにします。

元富春長（ふしゅんちょう）（揚州（ようしゅう）・呉郡（ごぐん）・富春県（ふしゅんけん）の県長（けんちょう））であった李永（りえい）は、いつもとても注意深く護衛をつけていたので、典韋（てんい）は車に鶏と酒を載（の）せ、訪問者を装（よそお）って彼に近づきました。

門が開くと、典韋（てんい）は一足飛びに飛び込んで懐（ふところ）に隠し持った匕首（あいくち）（短刀）で李永（りえい）を刺し殺し、そのまま彼の妻も殺しました。その後典韋（てんい）はゆっくりと退出すると、車に載（の）せていた刀（かたな）と戟（げき）を手に取って、悠然（ゆうぜん）とその場を去ります。

李永（りえい）の住居は市場に近かったので、市場中が大騒ぎとなり数百人が彼を追いましたが、あえて典韋（てんい）に近づく勇気のある者はいませんでした。

そしてそこから4〜5里（約2km）歩いたところで彼らの仲間に出（で）遭（あ）った典韋（てんい）は、あちこちで戦った末、見事脱出に成功します。

この事件によって、典韋（てんい）の名前は豪傑たちの間に知れ渡ることになりました。

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典韋の武勇

趙寵に所属する

初平（しょへい）年間（190年〜193年）、（兗州（えんしゅう）・）陳留太守（ちんりゅうたいしゅ）の張邈（ちょうばく）が反董卓（とうたく）の義兵を挙（あ）げると、典韋（てんい）は一兵士として司馬（しば）の趙寵（ちょうちょう）に所属します。

牙門（がもん）（大将の軍門）の旗は、高く大きく、1人で持ち上げることができる者はいなかったのですが、典韋（てんい）は片手1本でそれを建てて見せたので、趙寵（ちょうちょう）は彼の才能と腕力に目を見張りました。

夏侯惇に所属する

初平（しょへい）3年（192年）、青州（せいしゅう）黄巾（こうきん）に敗れた兗州刺史（えんしゅうしし）・劉岱（りゅうたい）が戦死すると、東郡太守（とうぐんたいしゅ）であった曹操（そうそう）が陳宮（ちんきゅう）らに推戴（すいたい）されて兗州牧（えんしゅうぼく）に迎えられました。

おそらくこの時、張邈（ちょうばく）が曹操（そうそう）に与（くみ）したことで、配置転換が行われたものと思われます。

その後典韋（てんい）は、夏侯惇（かこうとん）に所属して度々（たびたび）敵の首を斬って戦功を立て、司馬（しば）に任命されました。

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呂布・張邈らの反乱

興平（こうへい）元年（194年）、兗州牧（えんしゅうぼく）・曹操（そうそう）が2度目の徐州（じょしゅう）侵攻を開始すると、張邈（ちょうばく）・陳宮（ちんきゅう）らが呂布（りょふ）を招（まね）き入れて反乱を起こしました。この知らせを聞いた曹操（そうそう）は、すぐさま兗州（えんしゅう）に取って返します。

兗州（えんしゅう）・東郡（とうぐん）・濮陽県（ぼくようけん）に駐屯する呂布（りょふ）に対し、まず曹操（そうそう）は濮陽県（ぼくようけん）の西50里（21.5km）に置かれた屯営に夜襲をかけ、明け方頃にこれを撃ち破りました。

ですが、曹操（そうそう）軍がまだ帰り着かないうちに呂布（りょふ）の援軍が到着し、3方面から揺さぶりつつ攻撃をしかけ、呂布（りょふ）は自（みずか）ら戟（げき）を振るって朝から日が傾く頃まで数十回に及ぶ激しい戦いをくり返します。

兗州（えんしゅう）の反乱関連地図

そこで曹操（そうそう）が「敵陣を落とす勇士」を募（つの）ったところ、典韋（てんい）が真っ先に名乗り出て、募集に応じた数十人を指揮することになりました。

典韋（てんい）らは全員二重の衣服に2枚の鎧を着込み、楯（たて）を立て、長い矛（ほこ）や戟（げき）を手に西の敵に当たります。

前方から弓と弩（いしゆみ）が雨のように乱射される中、（1人楯（たて）に身を隠して正面に待ち受けた）典韋（てんい）は敵を確認することができないため、（道の脇に隠れた）配下に「敵が10歩の所まで来たら申せ」と命じました。

配下「10歩ですっ！」

典韋（てんい）「5歩で申せっ！」

そして敵が5歩まで近づいた時、配下は早口に言いました。

「敵が来ましたっ！」

すると典韋（てんい）は、この声を合図に手に十数本の戟（げき）（手戟（しゅげき））を持ち、大声をあげて起（た）ち上がり（敵に手戟（しゅげき）を投げつけ）ます。典韋（てんい）の戟（げき）（手戟（しゅげき））に当たった者で倒れない者はなく、恐れをなした呂布（りょふ）の軍勢は退却しました。

この典韋（てんい）の活躍により、曹操（そうそう）はやっと引き揚（あ）げることができました。

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親衛隊長・典韋

この戦いの後、曹操（そうそう）は典韋（てんい）を都尉（とい）に任命して側（そば）近くに留（とど）め置き、親衛兵数百人を引き連れて、常に大天幕の周りを警備させるようになります。

また、典韋（てんい）は武勇がある上に、その率（ひき）いる兵はすべて選抜された者たちでしたので、戦闘の度（たび）に先鋒として敵陣を陥（おとしい）れ、昇進して校尉（こうい）となりました。

典韋（てんい）の性質は極めて忠義で慎（つつし）み深く、昼は1日中側（そば）に侍立（じりつ）し、夜は天幕の側（そば）近くに泊（と）まり、自分の寝所に帰ることは稀（まれ）でした。

また、典韋（てんい）は好んで大きな双戟（そうげき）と長刀（なぎなた）などを持っていたので、軍中では、

「〽帳下（ちょうか）（曹操（そうそう）の幕下）の壮士に典君（てんくん）あり。一（いっ）双戟（そうげき）80斤（きん）を提（さ）げる」

と、頼もしげに囃（はや）し立てられました。

豆知識

典韋（てんい）は酒や食事が大好きで、その飲み食いの量は人の2倍。

曹操（そうそう）の御前で食事を賜（たまわ）る度（たび）に大変な飲みっぷりで、給仕を数人に増やしてやっと彼の飲み食いのスピードに間に合うほどでした。

曹操（そうそう）はそんな典韋（てんい）の様子を見て「見事だ」と感心しました。

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張繡の謀叛

張繡の降伏

建安（けんあん）2年（197年）春正月、曹操（そうそう）が南征して淯水（いくすい）に陣を置くと、荊州（けいしゅう）・南陽郡（なんようぐん）・宛県（えんけん）に駐屯していた張繡（ちょうしゅう）は、劉表（りゅうひょう）と手を結んでいましたが、軍勢を引き連れて曹操（そうそう）に降伏しました。

淯水（いくすい）と宛県（えんけん）

赤線：淯水（いくすい）

宛県（えんけん）に入った曹操（そうそう）はたいそう喜んで、張繡（ちょうしゅう）とその配下の指揮官たちを招（まね）いて大宴会を催（もよお）します。

そこで曹操（そうそう）は、宴会の参加者たちに酒を注（つ）いで廻（まわ）りましたが、この時典韋（てんい）は刃渡り1尺（約23cm）の大斧を持って後ろに立ち、曹操（そうそう）が酒を注（つ）ぐ人の前で、必ず斧を上げてその者をじっと見つめていました。

そのため酒盛りが終わるまで、張繡（ちょうしゅう）とその配下の指揮官たちの中に、顔を上げて見る勇気のある者はいませんでした。

張繡の謀叛

その後しばらく宛県（えんけん）に留（とど）まっていた曹操（そうそう）は、未亡人の張済（ちょうせい）の妻（張繡（ちょうしゅう）の叔母（おば））を側妾（そくしょう）にしました。ですがそのことを怨（うら）みに思った張繡（ちょうしゅう）は、曹操（そうそう）に反旗を翻（ひるがえ）すことを決意します。

宴会から十余日、張繡（ちょうしゅう）は、参謀（さんぼう）の賈詡（かく）の計略に従って、

「軍隊を移動させて大道に向かいたいので、曹操（そうそう）の陣営の中を通過させて欲しい」

と願い出ました。そして張繡（ちょうしゅう）はまた、

「車が少ないのに輜重（しちょう）（軍需物資）が重いので、どうか兵士たちが鎧（よろい）をつけることをお許し下さい」

と付け加えます。

曹操（そうそう）は張繡（ちょうしゅう）を信用してこれらをすべて許可しました。

張繡（ちょうしゅう）は兵士たちを完全武装させて陣営の中に入ると、やにわに曹操（そうそう）軍を急襲します。

典韋の最期

この時典韋（てんい）は門の前に立ちはだかって戦ったので、張繡（ちょうしゅう）の軍は侵入することができず、結局散り散りになって他の門から入って行きました。

それでも典韋（てんい）は部下十余人と共に、必死になって1人で10人を相手にするような戦いを続けます。

長戟（ちょうげき）で左右に撃（う）ち据（す）え、一突（ひとつ）き繰（く）り出されるごとに十余本の敵の矛（ほこ）が打ち砕（くだ）かれていきましたが、敵の人数は次第に多くなり、典韋（てんい）はその身体に数十ヶ所の傷を被（こうむ）って、左右にいた者たちも死傷してほぼいなくなりました。

やがて短い武器を手に格闘戦となりましたが、それでも典韋（てんい）は組みついて来た敵兵を両脇に抱え、お互いの頭を打ちつけて2人いっぺんに打ち殺します。

これを見た敵兵があまりの激しさにたじろいていると、典韋（てんい）は再び敵兵に突進して数人を殺しましたが、ついには大きく開いた傷口から血を噴（ふ）き出し、目を怒（いか）らせて大声で敵兵を罵倒（ばとう）しながら息絶えてしまいました。

張繡（ちょうしゅう）の兵たちは恐る恐る近づいてその頸（くび）を取り、事態が収まると、典韋（てんい）の頸（くび）を廻（まわ）して見物し、軍の全員が行ってその身体をのぞき見ました。

この典韋（てんい）の奮戦のお陰で曹操（そうそう）は難を逃れることができましたが、自身も右臂（ひじ）に矢を受け、典韋（てんい）の他に曹操（そうそう）の長子・曹昂（そうこう）、弟の子・曹安民（そうあんみん）も命を落としました。

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曹操の後悔

宛県（えんけん）を脱出して舞陰県（ぶいんけん）に入った曹操（そうそう）は、典韋（てんい）の死を聞くと彼のために涙を流して、彼の遺体を盗み取ってくる者を募（つの）りました。

そして、告別式に臨（のぞ）んではまた涙を流し、その柩（ひつぎ）を兗州（えんしゅう）・陳留郡（ちんりゅうぐん）・襄邑県（じょうゆうけん）に送り届けさせ、子の典満（てんまん）を郎中（ろうちゅう）に任命しました。

その後も御車（みくるま）が「典韋（てんい）が死んだ場所」を通る度（たび）に、中牢（ちゅうろう）（羊と豚）の生贄（いけにえ）を捧（ささ）げて祭り、典韋（てんい）を思って典満（てんまん）を司馬（しば）に取り立てて、彼を身近に引き留（と）めておきました。

また、文帝（ぶんてい）（曹丕（そうひ））が王位につくと、典満（てんまん）は都尉（とい）に任命され、関内侯（かんだいこう）に封ぜられています。

典韋関連年表

西暦	出来事
不明	兗州（えんしゅう）・東平国（とうへいこく）・寿張県（じゅちょうけん）に生まれる。 劉氏（りゅうし）のために李永（りえい）とその妻を殺す。 典韋（てんい）の名が豪傑たちの間に知れ渡る。
190年	■ 初平（しょへい）元年〜初平（しょへい）2年 一兵士として司馬（しば）の趙寵（ちょうちょう）に所属する。 牙門（がもん）（大将の軍門）の旗を片手で建てる。
191年
192年	■ 初平（しょへい）3年 夏侯惇（かこうとん）に所属する。 戦功を立てて司馬（しば）に任命される。
194年	■ 興平（こうへい）元年 呂布（りょふ）の軍勢を退却させる。 都尉（とい）に任命され、親衛兵数百人を率（ひき）いる。
195年	武功を立てて校尉（こうい）に任命される。
196年
197年	■ 建安（けんあん）2年 謀叛（むほん）を起こした張繡（ちょうしゅう）の兵と戦い戦死する。

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