大人気中国ドラマ『三国志 Three Kingdoms』の「名言集」の第13弾です。

今回は第55話〜第57話。「劉備(りゅうび)が呉(ご)を脱出するところから、周瑜(しゅうゆ)が死ぬまで」の内容からピックアップしています。

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第4部 荊州争奪(第55話〜第57話より)

第4部 荊州争奪(第55話〜第57話より)

第55話「計りて虎穴を脱する」

名言No.203


劉備劉備

6万では到底足りぬ。さらに2万だと申すのだ!

孫権(そんけん)から受け取った手当を報告した孫乾(そんけん)に、劉備(りゅうび)がさらに追加を要求して言った言葉。


劉備(りゅうび)をおびき出すための口実に過ぎなかった孫小妹(そんしょうめい)(孫尚香(そんしょうこう))との結婚は、現実のものとなってしまいました。

このままでは済ませられない周瑜(しゅうゆ)は、次の手として劉備(りゅうび)を江東(こうとう)に留(とど)め、贅沢三昧(ぜいたくざんまい)をさせて骨抜きにする「美女の計」を実行に移します。

すると劉備(りゅうび)は、踊りを眺めては昼間から酒を飲み、大勢の料理人や楽師を雇い込んで、孫権(そんけん)にさらに手当の追加を求めました。


この時、年の瀬になったことに気づいた趙雲(ちょううん)は、孔明(こうめい)に渡された2つ目の袋を開きました。

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名言No.204


劉備劉備

ならば直(ただ)ちに出て行けっ!

漢室(かんしつ)中興の志(こころざし)を忘れ、日々享楽(きょうらく)に耽(ふけ)っている劉備(りゅうび)を諫(いさ)めた趙雲(ちょううん)に、劉備(りゅうび)が言った言葉。


激怒した劉備(りゅうび)は、趙雲(ちょううん)を荊州(けいしゅう)に帰らせました。

この報告を受けた周瑜(しゅうゆ)は、策が順調に進んでいるようだとほくそ笑みます。

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名言No.205


周瑜周瑜

娘婿(むすめむこ)に月10万はいかにも高い。されど荊州(けいしゅう)が手に入るのなら、安い買い物だ。

劉備(りゅうび)への手当が膨(ふく)らんでいくことに不満を漏(も)らした呂蒙(りょもう)に周瑜(しゅうゆ)が言った言葉。


さらに手当の増額を求めてきた劉備(りゅうび)に、周瑜(しゅうゆ)は合計10万の手当を渡すように指示を出しました。

これに呂蒙(りょもう)は、

「我が国ではみな、生活を切り詰めて兵馬を養(やしな)っています。このまま劉備(りゅうび)への出費が続けば、財政は行き詰(づ)まってしまいます」

と訴えます。

ですが、周瑜(しゅうゆ)のこの言葉を聞いた呂蒙(りょもう)は、「英明でございます」と納得しました。

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名言No.206


関羽関羽

どうやらここには、胸に一物ある方がおられるようだな…。

荊州(けいしゅう)に帰った趙雲(ちょううん)に劉備(りゅうび)の有り様を聞いた関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)は、「今すぐ兄者を救いに行くのだ!」と息巻きます。

ですが、「現状の戦力で江東(こうとう)に攻め入れば、曹操(そうそう)につけ込まれるだけだ」と、孔明(こうめい)はこれを許しませんでした。

この時関羽(かんう)が言ったのがこの言葉です。


関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)は、「どんなことがあっても孔明(こうめい)に従え」と厳命されていたことを忘れ、「孔明(こうめい)が荊州(けいしゅう)を乗っ取るのではないか」という疑念を再燃させていました。

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名言No.207


孫小妹孫小妹

どこへなりともお供いたします。藁(わら)1本で暖を取ることとなれば、半分にいたしましょう。

荊州(けいしゅう)に戻った趙雲(ちょううん)の報告を受けた劉備(りゅうび)は、荊州(けいしゅう)に帰ることを決意します。

ですが気にかかかるのは、妻となった孫小妹(そんしょうめい)(孫尚香(そんしょうこう))のこと。

劉備(りゅうび)の態度から荊州(けいしゅう)に帰るつもりだということに気づいた孫小妹(そんしょうめい)は、劉備(りゅうび)と共に荊州(けいしゅう)に行く決心をしました。

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名言No.208


呉国太呉国太

あぁ…、城を出るのですね? 良いでしょう、共にお行きなさい。

孫小妹(そんしょうめい)(孫尚香(そんしょうこう))が、劉備(りゅうび)と共に荊州(けいしゅう)に行こうとしていることを察した呉国太(ごこくたい)が、孫小妹(そんしょうめい)に言った言葉。


「明日は(劉備(りゅうび)の)お父上の命日。川岸から夫の故郷に向けて祈れば、お気持ちも少しは晴れるでしょう」

城を出る許可を求めてきた孫小妹(そんしょうめい)の態度で、呉国太(ごこくたい)はすぐにその真意に気づきました。

「クシを入れさせておくれ」と、孫小妹(そんしょうめい)との最後の時間を過ごす呉国太(ごこくたい)。

孫小妹(そんしょうめい)は、「長すぎます。切りましょう」と言って、髪の小束を置いて行きました。

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名言No.209


諸葛亮諸葛亮

何をしておるのだっ!拾(ひろ)えばまた明日張飛(ちょうひ)がやって来て絡(から)むではないかっ!!

張飛(ちょうひ)が荒らした書簡を片付けようとした馬謖(ばしょく)に、孔明(こうめい)が言った言葉。


酒に酔った張飛(ちょうひ)は、「軍師(ぐんし)どのっ!兄者を救う気はあるのかっ!」と怒鳴り散らし、机をひっくり返して去って行きました。

すると孔明(こうめい)は、床に散らばった書簡を拾おうとする馬謖(ばしょく)を怒鳴りつけると、

「かつて晴耕雨読(せいこううどく)の生活を南陽(なんよう)で送っていた頃の私は、高潔な人間であったはずだ…。あのような輩(やから)に、罵(ののし)られる身になろうとはっ!!」

と声を荒げました。


常に冷静沈着、クールな完璧人間として描かれることが多い孔明(こうめい)が「心の弱さ」を垣間見せたこのシーンは、特別に印象的でした。

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名言No.210


呉国太呉国太

婿(むこ)どのと来たら、夕べ飲み明かしたようでお疲れらしい。まだ床(とこ)の中です。

呉国太(ごこくたい)は、江東(こうとう)の臣下を集めて盛大な酒宴を開きました。

「折角の盛大な席に、劉備(りゅうび)どのをお呼びにならないのは何故でしょうか?」と問われた呉国太(ごこくたい)が、答えて言ったのがこの言葉です。


これは、劉備(りゅうび)は二日酔いで寝ているように見せかけて、裏でこっそりと逃がす「金蝉脱殻(きんせんだっかく)の計」でした。

さらに呉国太(ごこくたい)は、次々に酒を勧めて孫権(そんけん)を酔い潰(つぶ)してしまいました。

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第56話「再び周瑜を怒らせる」

名言No.211


孫小妹孫小妹

徐盛(じょせい)、丁奉(ていほう)っ!私に刃向かうのですか!?

劉備(りゅうび)を追ってきた徐盛(じょせい)と丁奉(ていほう)に、孫小妹(そんしょうめい)(孫尚香(そんしょうこう))が言った言葉。


「大都督(だいととく)の命(めい)には背(そむ)けません!」と食い下がる徐盛(じょせい)と丁奉(ていほう)ですが、

「周瑜(しゅうゆ)の顔色ばかり窺(うかが)って主君である兄上を蔑(ないがし)ろにするのですか? 兄上の命(めい)により、夫の祖先の御霊(みたま)に祈って参る。母上のお許しも出ています。私を止めれば首はないものと思いなさいっ!」

とまくし立てる孫小妹(そんしょうめい)の勢いに押され、道を空けて劉備(りゅうび)を通してしまいました。

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名言No.212


諸葛亮諸葛亮

周郎(しゅうろう)の妙計(みょうけい)天下を安(やす)んず、妻を失いまた兵を挫(くじ)く。

劉備(りゅうび)を取り逃がした周瑜(しゅうゆ)に向けて、兵に叫ばせよと孔明(こうめい)がことづけた言葉。


川岸まで逃げてきた劉備(りゅうび)ですが、そこには周瑜(しゅうゆ)が率(ひき)いる軍勢が待ち受けていました。

ですが、周瑜(しゅうゆ)が攻めかかろうとしたその時、孔明(こうめい)が派遣した黄忠(こうちゅう)と魏延(ぎえん)の兵が現れます。


逃げ去っていく船から届くこの言葉を聞いた周瑜(しゅうゆ)は、血を吐いて気を失ってしまいました。

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名言No.213


諸葛亮諸葛亮

お詫(わ)びなど結構、去(さ)ると決めたのです。この心はすでに死んだも同然です。

跪(ひざまず)いて謝(あやま)る張飛(ちょうひ)と関羽(かんう)に、孔明(こうめい)が言った言葉。


「そなたは荊州(けいしゅう)を乗っ取る気だ!」と罵(ののし)り、「江東(こうとう)に攻め入る!」と孔明(こうめい)に詰(つ)め寄る関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)の元に、劉備(りゅうび)が戻ったという報告が届きました。


劉備(りゅうび)を出迎えて戻ってみると、そこには劉備(りゅうび)が預けた印綬(いんじゅ)だけが残され、孔明(こうめい)の姿がありません。

2人は孔明(こうめい)を追いかけて跪(ひざまず)いて謝罪しますが、孔明(こうめい)は許しません。困った2人はとうとう孔明(こうめい)を担(かつ)ぎ上げ、無理矢理連れて帰りました。

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名言No.214


張飛張飛

そ、そうか…、そうだなっ!茶を飲もう!

孔明(こうめい)に気圧(けお)された張飛(ちょうひ)が言った言葉。


翌日、孔明(こうめい)の屋敷の前で衛兵のように突っ立ている関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)を見かねた劉備(りゅうび)が、孔明(こうめい)を訪ねます。

すると孔明(こうめい)は、「あれしきの事、意に介(かい)してなどおりません。率直に申して、関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)のあの気性は改めねばなりません」と言いました。

そして、劉備(りゅうび)は張飛(ちょうひ)の酒ぐせの悪さを、孔明(こうめい)は関羽(かんう)の傲慢(ごうまん)さを指摘して、2人に注意を促(うなが)します。


話が終わり孔明(こうめい)が2人を茶に招くと、張飛(ちょうひ)が言いました。

「軍師(ぐんし)どの、この茶は苦い。やはり酒にしようっ!」

呆(あき)れた孔明(こうめい)はため息をついて、「いや、茶を飲む!」と、キッパリと言い切りました。

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名言No.215


周瑜周瑜

大志をなさんと欲すれば、感情で動いてはならず、小さな事にこだわってはなりません。

「将軍(しょうぐん)たちは荊州(けいしゅう)を攻めよと言うが、どう思うか?」と尋(たず)ねられた周瑜(しゅうゆ)が孫権(そんけん)に言った言葉。


周瑜(しゅうゆ)はこう言った後、次の3つの利点を挙げて、劉備(りゅうび)を荊州牧(けいしゅうぼく)に推薦するように進言しました。

  • 天下に孫権(そんけん)の度量の広さを示せること
  • 曹操(そうそう)に孫(そん)・劉(りゅう)の結束がさらに固くなったと思わせ、江東(こうとう)への侵攻を抑止できること
  • 劉備(りゅうび)を油断させ、隙を窺(うかが)って事に及べること

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名言No.216


周瑜周瑜

問うからには、あらかじめ相手の答えを知っていなければならぬ。

魯粛(ろしゅく)の疑問を言い当てた周瑜(しゅうゆ)が言った言葉。


劉備(りゅうび)を荊州牧(けいしゅうぼく)に推薦した後、周瑜(しゅうゆ)と魯粛(ろしゅく)は、いかにして荊州(けいしゅう)を手に入れるかを話し合いました。

そこで周瑜(しゅうゆ)は、段階を踏んで次の3つの作戦を提案します。

  1. 劉備(りゅうび)が西蜀(せいしょく)を攻めるよう催促する。だがこれは、劉備(りゅうび)が口実を設(もう)けて西蜀(せいしょく)を攻めない可能性がある。
  2. 江東(こうとう)が代わりに西蜀(せいしょく)を攻め取り、荊州(けいしゅう)と益州(えきしゅう)を交換する。だがこれは、江東(こうとう)の消耗が激しい。
  3. 西蜀(せいしょく)を攻めると見せかけ、荊州(けいしゅう)に入ったら奇襲をかける、道を仮(か)りて虢(かく)を伐(う)つの計。

これを聞いた魯粛(ろしゅく)は、もう後には引けぬと周瑜(しゅうゆ)に同意しました。

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第57話「周瑜の死」

名言No.217


諸葛亮諸葛亮

我々は2本の箸でものを食べる。1本取り上げられたら、いかにして食べれば良いのです?

「南郡(なんぐん)と江夏(こうか)から立ち退(の)いて欲しい」という魯粛(ろしゅく)に孔明(こうめい)が言った言葉。


朝廷を支配する曹操(そうそう)は、劉備(りゅうび)を荊州牧(けいしゅうぼく)に推薦する孫権(そんけん)の上奏を認めた上で、周瑜(しゅうゆ)を南郡太守(なんぐんたいしゅ)に、程普(ていふ)を江夏太守(こうかたいしゅ)に任命する詔(みことのり)を出しました。

これは、劉備(りゅうび)の支配地である荊州(けいしゅう)の2つの郡の太守(たいしゅ)に孫権(そんけん)の臣下を任命することで、劉備(りゅうび)と孫権(そんけん)を争わせようとする曹操(そうそう)の策略でした。


この詔(みことのり)に従って南郡(なんぐん)と江夏(こうか)を要求した魯粛(ろしゅく)に孔明(こうめい)は、南郡(なんぐん)と江夏(こうか)を失えば箸(はし)を片方失うようなもの。とても応じられないと言ったのです。

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名言No.218


劉備劉備

まこと攻めてくるなら、戦おうぞっ!

孫権(そんけん)との戦いを決意した劉備(りゅうび)が言った言葉。


「西蜀(せいしょく)の劉璋(りゅうしょう)は我が君と同族。その土地を奪うことはできない」そう言った孔明(こうめい)に魯粛(ろしゅく)は、ついに江東(こうとう)が西蜀(せいしょく)を攻め、荊州(けいしゅう)と交換することを認めさせました。

すると孫権(そんけん)は、すぐに挙兵の日取りや行軍進路まで記(しる)された書状を送って寄越します。

ですが、江東(こうとう)の行軍進路を見た孔明(こうめい)は、これは西蜀(せいしょく)を攻める振りをして荊州(けいしゅう)を取る「道を仮(か)りて虢(かく)を伐(う)つの計」であることを見抜きました。


ですが劉備(りゅうび)は、「周瑜(しゅうゆ)も当代の名将である。戦(いくさ)をして勝算はあるのか?」と、まだ不安そうです。

これに孔明(こうめい)は、「我々ははるばる来る周瑜(しゅうゆ)の軍を待つだけ。佚(いつ)を以(もっ)て労(ろう)を待つの計です。この一戦、9割方勝算ありと見ます」と答えました。

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名言No.219


周瑜周瑜

もう良い…。呉(ご)のために、兵力を残すのだ…。

孔明(こうめい)からの書状を読んだ周瑜(しゅうゆ)が言った言葉。


荊州(けいしゅう)に入った周瑜(しゅうゆ)は、予定通り荊州城(けいしゅうじょう)に攻撃を開始します。

ですが、荊州城(けいしゅうじょう)の城門は固く閉じられており、背後からは関羽(かんう)・張飛(ちょうひ)・趙雲(ちょううん)らが一斉に襲いかかりました。


「もはやこれまでなのか…」

劉備(りゅうび)軍に包囲され、死を覚悟した周瑜(しゅうゆ)の元に、孔明(こうめい)から書状が届きます。

「我々はただ城を守っただけで、この戦(いくさ)は本意ではありません。東南の道を空けてあるので、退却されるのであれば追いません。願わくば此度(こたび)の戦いを忘れ、孫(そん)・劉(りゅう)両家は互いに助け合い、漢室(かんしつ)を中興することを願います」


退却の途中、周瑜(しゅうゆ)は荊州城(けいしゅうじょう)を遠くに眺め、

「これが私の生涯最初にして、最後の失敗であろう。私が愚かだった訳ではない。諸葛亮(しょかつりょう)が賢明過ぎたのだ。この後、呉(ご)の旗が荊州城(けいしゅうじょう)に翻(ひるがえ)るを、目にすることはあるまいな…」

とつぶやきました。

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名言No.220


周瑜周瑜

口惜(くちお)しい…、口惜(くちお)しい…、天は周瑜(しゅうゆ)を生みながら、なぜ諸葛亮(しょかつりょう)も生んだのか…。

今際(いまわ)の際(きわ)に周瑜(しゅうゆ)が、空(くう)に手を伸ばして最期に残した言葉。


自分の死期を悟(さと)った周瑜(しゅうゆ)は、今まで横暴な振る舞いをしてきたのは、孫堅(そんけん)の代から仕える老将たちを押さえるためであったことを告げ、孫権(そんけん)に謝罪しました。

そして、孫権(そんけん)に後任を尋(たず)ねられた周瑜(しゅうゆ)は、

「1人おります。私より道理を知り、私より才があり、私より徳が高い、江東(こうとう)の柱になり得る者が。魯(ろ)…子(し)…敬(けい)…。魯粛(ろしゅく)を、大都督(だいととく)にお任じください」

と、最後の力を振りしぼり、震える声で答えました。


孫権(そんけん)の「心配ない、子敬(しけい)に兵を束ねさせる」という言葉を聞いた周瑜(しゅうゆ)は、「ならば安心です」とかすかに微笑むと、最期の言葉を残してその生涯を閉じました。

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続き

【スリキン】三国志 Three Kingdoms 名言集14(第58話〜第62話)

三国志 Three Kingdoms 名言集【目次】

画像引用元

中国ドラマ『三国志 Three Kingdoms』

三国志 Three Kingdoms | チャンネル銀河