後漢・三国時代の城門校尉の職務と城門校尉府の属官・属吏についてまとめています。
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城門校尉(じょうもんこうい)
職務
洛陽(雒陽)の12の城門の守衛を取り仕切ります。
基本情報
詳細が不明の箇所は空白にしています。
後漢 | 魏 | 蜀 | 呉 | |
---|---|---|---|---|
定員 | 1人 | 1人 | ? | 1人 |
秩石 品秩 |
比二千石 | 四品 | ||
印綬 | 銀印青綬 |
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城門守備
以下は『続漢書』百官志と「ちくま学芸文庫『正史 三国志8』三国官職表」を基に作成しています。【】内は【定員・官秩・品秩】で、[]内はそれぞれの王朝での情報になります。
『続漢書』百官志と『三国官職表』で情報が違う場合は、()内に『三国官職表』の情報を記載します。
城門校尉の属吏
司馬
【1名・千石・七品】
[後漢=○・魏=○・蜀=?・呉=○]
兵を統率します。
城門ごとの属官
門候
【各1名・六百石・七品】
[後漢=○・魏=○・蜀=?・呉=○]
門ごとに設置された守衛の長。
洛陽の城門
洛陽(雒陽)の城門
- 上西門
- 雍門
- 広陽門
- 津門
- 小苑門
- 開陽門
- 耗門
- 中東門
- 上東門
- 穀門
- 夏門
- 平城門
平城門について
『漢官秩』には「平城門は宮城の門である。候(門候)を設置せず、南屯司馬を設置した」とあります。
洛陽城(雒陽城)の真南に設けられた平城門は南宮とつながっていて、南宮から直接城外に出ることができ、天子が郊祀の際に通る最も重要な門でした。
城門校尉は「洛陽(雒陽)の12の城門の守衛を取り仕切る」とされていますが、最も重要な平城門だけは南屯司馬が管轄していました。
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城門校尉府の属官一覧表(三国)
以下は「ちくま学芸文庫『正史 三国志8』三国官職表」を基に作成した「三国時代の属官一覧表」です。
詳細が不明の箇所は空白にしていますが、他の史料で情報を見つけ次第随時追記します。
官職名下の数字は定員です。
官職名 | 秩石 | 備考 | |
---|---|---|---|
品秩 | |||
城門校尉 (1) |
比二千石 |
|
|
四品 | |||
属官 | 司馬 1 |
千石 |
|
七品 | |||
属官 | 毎門候 各1 |
六百石 |
|
七品 | |||
属官 | 毎門候副 各1 |
六百石 |
|
七品 |