桓帝(かんてい)の絶大な信頼を得た宦官(かんがん)たちによって起こされた清流派の粛清「第一次党錮(とうこ)の禁」の、その後を見ていきましょう。
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冲帝(ちゅうてい)・質帝(しつてい)・桓帝(かんてい)と3代に渡って後漢(ごかん)の政治を私物化していた外戚(がいせき)・梁冀(りょうき)を排除することに成功した、桓帝(かんてい)の時代を見ていきましょう。
後漢(ごかん)の支配力が衰えてしまった原因には、外戚(がいせき)と宦官(かんがん)の争いが繰り返されてきたことが挙(あ)げられます。では、一体どのような争いが行われていたのかを具体的に見ていきましょう。