『三国志演義』を読み始めると、私たち日本人には聞き慣れない宦官かんがんという存在が出てきます。
今回は、後漢が弱体化していった原因と宦官かんがんについてお話しします。

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宦官ってどんな人たち?


王先生王先生

外戚と宦官かんがんの権力争いについてお話する前に、日本人には馴染みの薄い宦官かんがんについてお話しておく必要があります。

タカオタカオ

宦官かんがんって賄賂を要求して私服を肥やす、悪いやつらですよね。

マリコマリコ

日本の歴史には出てこないけど、一体どういう人達なんですか?

王先生王先生

宦官かんがんとは、後宮こうきゅう、日本で言うと大奥のようなところで、皇帝の后妃こうひや皇帝自身のお世話をする人達のことです。
皇帝の后妃こうひとの間に間違いが起こってはいけませんので、宦官かんがんたちは去勢されていました。

タカオタカオ

うひゃあ!かわいそう…。

マリコマリコ

日本みたいに女の人がお世話をすれば良いのに。
でもなんでそんな宦官かんがんたちが権力を持つようになったんですか?

王先生王先生

それではこれから、宦官かんがんたちが権力を持つようになった経緯けいいをお話しますね。

宦官かんがんとは、皇帝や後宮に仕える去勢された官吏のことで、主に宮中で料理や清掃などの雑用を業務としていました。

元は去勢された異民族の捕虜や宮刑きゅうけい(男子を去勢する刑罰)を受けた罪人でしたが、宦官かんがんが権力を持つようになると、みずから去勢をほどこして志願する者もいました。

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外戚と宦官の権力争い

外戚と宦官

外戚による権力の私物化


王先生王先生

まず残念なことに、後漢の皇帝たちは早くして亡くなることが多かったんです。
こういう場合、前皇帝の皇后こうごうが、皇太后こうたいごうとして幼い皇帝の代わりに政治を行うのが後漢のきまりだったんですね。

皇太后

※ 実子がいない場合は、必ずしも皇后と血がつながっているとは限りません。



マリコマリコ

うんうん、なるほど。

王先生王先生

すると、皇太后こうたいごうはその権力を使って自分の親兄弟を高い官職に任命します。このような「皇帝の妻や母親の一族」のことを外戚がいせきと言います。

タカオタカオ

それは能力は関係なしにってこと?
でもやっぱりその方が皇太后こうたいごうは安心ってことかな。

王先生王先生

そうです。能力がない人でも一族というだけで偉くなれるのです。
まあ、前皇帝が生きている間から、皇后こうごうの一族を優遇する例はめずらしくありませんけどね。

マリコマリコ

でも、幼い皇帝が大人になるまでですもんね!

王先生王先生

ところが、そういう訳にもいかないんです。
大人になった皇帝が政治を行うようになると、外戚たちの特権がなくなってしまいます。そのため、外戚たちは皇帝が成人しても政治の実権を渡さなかったのです。

タカオタカオ

ええっ!
そんなことができるの!?

王先生王先生

外戚たちは軍権も持っていますからね。
皇帝ですら廃位されて、外戚たちに都合の良い皇帝を擁立されてしまう可能性もありました。

皇太后こうたいごう自身は皇帝の成人後に政治の実権を返還する意志を持っていたとしても、権力を握った外戚たちは、皇太后こうたいごうの意志に反して政治の実権を握り続けることが多かったのです。

皇帝の復権


王先生王先生

成人した皇帝は、当然政治の実権を自分の手に取り戻したいと考えるようになります。

タカオタカオ

でも、皇帝の動きが外戚たちに監視されていると、下手なことはできないですよね。

マリコマリコ

皇帝の周りに言うことを聞いてくれる人はいなかったの?

王先生王先生

いたんですね〜。
普段後宮で皇帝の身の回りの世話をしている宦官かんがんたちです。

タカオタカオ

出た!宦官かんがん

王先生王先生

宦官かんがんたちは皇帝の雑用係のような身分ですから、外戚に怪しまれることなく皇帝に味方する勢力と接触することができたのです。

マリコマリコ

宦官かんがんさん、良い人たちじゃないですか!

王先生王先生

そして、宦官かんがんたちの働きによって外戚の排除に成功すると、皇帝は宦官たちへの褒美として様々な特権を与えていったんですね。

タカオタカオ

なるほど。
こうやってなんの力も持たないただの使用人のような存在だった宦官かんがんが、権力を持つようになったのか。

王先生王先生

そうです。
そして、後漢第4代皇帝の和帝わていの時代には、皇帝の相談役や命令の伝達役をする中常侍ちゅうじょうじの官職が、宦官かんがんの専任となりました。
この中常侍ちゅうじょうじという官職を覚えておいてくださいね。

マリコマリコ

中常侍ちゅうじょうじですね!メモしておきます。

ですが、宦官かんがんの権力は皇帝の権威あってのものですので、皇帝が亡くなって幼い皇帝が即位すると、またもや外戚の権力が強まることになります。

そのためこの外戚と宦官かんがんの対立は、何代にも渡って繰り返されることになりました。



王先生王先生

次回はいよいよ『三国志演義』にも名前が登場する後漢第11代皇帝の桓帝かんていの時代までの、外戚と宦官かんがんの争いを具体的にお話しします。

次回

外戚・梁冀による朝廷の私物化

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