後漢・三国時代の異民族である西域諸国の内、郁立師国・単桓国・蒲類国・蒲類後国・移支国についてまとめています。
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目次
西域諸国⑬
西域(後漢時代)
郁立師国【前漢期】
郁立師国*1
所在地・戸数・人口・兵力
郁立師国の王の治所・内咄谷は、長安から8,830里(約3,796.9km)の場所にあります。
東は車師後城長国、西は卑陸国、北は匈奴と接しています。
- 戸数:190戸
- 人口:1,445人
- 勝兵(訓練済みの戦闘に堪え得る兵士):331人
脚注
*1卑陸後国の東方の地。
官職
- 輔国侯:1人
- 左右の都尉:各1人
- 訳長:1人
単桓国【前漢期】
単桓国*2
所在地・戸数・人口・兵力
単桓国*2の王の治所・単桓城は、長安から8,870里(約3.814.1km)の場所にあります。
- 戸数:27戸
- 人口:194人
- 勝兵(訓練済みの戦闘に堪え得る兵士):45人
脚注
*2新疆ウィグル自治区・烏魯木斉の地方。
官職
- 輔国侯:1人
- 将:1人
- 左右の都尉:各1人
蒲類国【前漢期】
蒲類国(前漢期)*3
所在地・戸数・人口・兵力
蒲類国*3の王の治所は天山の西の疏榆谷にあり、長安から8,360里(約3,594.8km)、西南の都護(西域都護)の治所(烏塁城)までは1,387里(約596.41km)の場所にあります。
- 戸数:325戸
- 人口:2,032人
- 勝兵(訓練済みの戦闘に堪え得る兵士):799人
脚注
*3新疆ウィグル自治区・巴里坤の西方、蒲類海(巴爾庫勒泊)地方。
官職
- 輔国侯:1人
- 左右の将:各1人
- 左右の都尉:各1人
蒲類国【後漢期】
蒲類国(後漢期)*3
所在地・戸数・人口・兵力
蒲類国*3の王の治所は天山の西の疏榆谷にあり、東南の長史(西域長史)の治所(柳中城)から1,290里(約554.7km)、東の洛陽(雒陽)から10,490里(約4,510.7km)、南の車師後部(車師後王国)へは馬で90日余りの場所にあります。
- 戸数:800余戸
- 人口:2,000余人
- 勝兵(訓練済みの戦闘に堪え得る兵士):700余人
脚注
*3新疆ウィグル自治区・巴里坤の西方、蒲類海(巴爾庫勒泊)地方。
風土
- 牛・馬・駱駝・羊を家畜としています。
- 優れた馬を産出します。
風俗
- 廬帳(テント)を張って居住しています。
- 水や草を追って移住しますが、わずかながら耕作する方法を知っています。
- 弓矢の製作に優れています。
蒲類国の歴史
蒲類国*3は元は大国でした。
以前、西域は匈奴に属していましたが、ある時、蒲類国*3の王が単于に対して罪を犯しました。これに怒った単于は、匈奴・右部の入り組んだ劣悪な土地に6千余人の蒲類国人を移住させ、悪地に因んで阿悪国と号します。
その国の貧羸(貧困)な者たちは山谷の間に逃亡し、そこに留まって国となりました。
脚注
*3新疆ウィグル自治区・巴里坤の西方、蒲類海(巴爾庫勒泊)地方。
蒲類後国【前漢期】
蒲類後国*4
所在地・戸数・人口・兵力
蒲類後国*4の王の治所は、長安から8,630里(約3,710.9km)の場所にあります。
- 戸数:100戸
- 人口:1,070人
- 勝兵(訓練済みの戦闘に堪え得る兵士):334人
脚注
*4新疆ウィグル自治区・巴里坤の西方、蒲類海(巴爾庫勒泊)の北の地。車師六国(山北六国)の3。
官職
- 輔国侯:1人
- 将:1人
- 左右の都尉:各1人
- 訳長:1人
移支国【後漢期】
移支国
所在地・戸数・人口・兵力
移支国は蒲類国*3の地に居城を置いています。
- 戸数:1,000余戸
- 人口:3,000余人
- 勝兵(訓練済みの戦闘に堪え得る兵士):1,000余人
風土
- 産出するものは蒲類国*3と同じです。
脚注
*3新疆ウィグル自治区・巴里坤の西方、蒲類海(巴爾庫勒泊)地方。
風俗
- 勇猛果敢で略奪を生業としています。
- みな「ざんばら髪」をしています。
- 牧畜に従事して水や草を追って移住し、耕作することを知りません。
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