正史(せいし)『三国志(さんごくし)』、『三国志演義(さんごくしえんぎ)』に登場する人物たちの略歴、個別の詳細記事、関連記事をご案内する【三国志人物伝】の「お」から始まる人物の一覧⑪。琅邪郡(ろうやぐん)王氏(おうし)④[王盧九(おうろきゅう)・王夫人(おうふじん)(孫権(そんけん)の夫人(ふじん)・大懿皇后(だいいこうごう))]です。

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系図

凡例

後漢(ごかん)〜三国時代にかけての人物は深緑の枠、それ以外の時代の人物で正史(せいし)『三国志(さんごくし)』に名前が登場する人物はオレンジの枠、『三国志演義(さんごくしえんぎ)』にのみ登場する架空の人物は水色の枠で表しています。

琅邪王氏④系図

琅邪郡王氏④系図

琅邪郡(ろうやぐん)王氏(おうし)④系図


この記事では琅邪郡(ろうやぐん)王氏(おうし)の人物④、

についてまとめています。

その他の琅邪王氏

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お⑪(琅邪王氏④)

第1世代(王盧九)

王盧九(おうろきゅう)

生没年不詳。徐州(じょしゅう)・琅邪国(ろうやこく)の人。娘に王夫人(おうふじん)(孫権(そんけん)の夫人(ふじん)・大懿皇后(だいいこうごう))。

王夫人(おうふじん)(孫権(そんけん)の夫人(ふじん)・大懿皇后(だいいこうごう))の父という以外の事跡は不明。


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第2世代(王夫人)

王夫人(おうふじん)(孫権(そんけん)の夫人(ふじん)・大懿皇后(だいいこうごう))

生没年不詳。徐州(じょしゅう)・琅邪国(ろうやこく)・臨沂県(りんぎけん)の人。父は王盧九(おうろきゅう)。孫権(そんけん)の夫人(ふじん)。孫和(そんか)(孫和(そんわ))の母。

選ばれて後宮に入ると、黄武(こうぶ)年間(222年〜229年)に孫権(そんけん)の愛を受けて孫和(そんか)(孫和(そんわ))を生んだ。孫権(そんけん)の王夫人(おうふじん)への寵愛(ちょうあい)は歩夫人(ほふじん)に次ぐものであった。

歩夫人(ほふじん)が亡くなって孫和(そんか)が太子(たいし)に立てられると、孫権(そんけん)は王夫人(おうふじん)を皇后(こうごう)に立てようとしたが、全公主(ぜんこうしゅ)(魯班(ろはん))は、平素から王夫人(おうふじん)を憎んでいて、少しずつ彼女の悪口を吹き込み、孫権(そんけん)が重い病気になった時、「王夫人(おうふじん)は嬉しそうな顔をしている」と告げたので、孫権(そんけん)は彼女に酷(ひど)く当たるようになり、王夫人(おうふじん)は心の憂(うれ)いのあまり亡くなってしまった。

孫和(そんか)の息子の孫晧(そんこう)(孫皓(そんこう))が即位すると、王夫人(おうふじん)を追尊して大懿皇后(だいいこうごう)と呼び、彼女の3人の弟をそれぞれ列侯(れっこう)に封じた。


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【三国志人物伝】総索引