正史(せいし)『三国志(さんごくし)』、『三国志演義(さんごくしえんぎ)』に登場する人物たちの略歴、個別の詳細記事、関連記事をご案内する【三国志人物伝】の「え」から始まる人物の一覧④朝鮮(ちょうせん)衛氏(えいし)(衛満(えいまん)・衛右渠(えいうきょ))です。

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系図

凡例

後漢(ごかん)〜三国時代にかけての人物は深緑の枠、それ以外の時代の人物で正史(せいし)『三国志(さんごくし)』に名前が登場する人物はオレンジの枠、『三国志演義(さんごくしえんぎ)』にのみ登場する架空の人物は水色の枠で表しています。

朝鮮衛氏系図

朝鮮衛氏系図

朝鮮(ちょうせん)衛氏(えいし)系図


この記事では朝鮮(ちょうせん)衛氏(えいし)の人物、

についてまとめています。


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え④(朝鮮衛氏)

第1世代(衛満)

衛満(えいまん)

生没年不詳。衛氏(えいし)朝鮮(ちょうせん)の初代王(おう)(在位:紀元前194年〜紀元前161年)。孫に衛右渠(えいうきょ)。

漢(かん)の高祖(こうそ)12年(紀元前195年)、燕王(えんおう)・盧綰(ろわん)が謀叛(むほん)の疑いにより討伐を受けて匈奴(きょうど)に亡命すると、盧綰(ろわん)の部下であった衛満(えいまん)は一族・部下千人余りを率(ひき)いて浿水(ばいすい)(現在の鴨緑江(おうりょくこう))を渡った。

その後衛満(えいまん)は箕子 (きし)朝鮮(ちょうせん)の王(おう)・箕準(きじゅん)に仕え、封地を与えられて朝鮮(ちょうせん)西部を守ったが、「漢(かん)が攻めて来た」と騙(だま)して箕準(きじゅん)を追放。代わって王(おう)となり王険城(おうけんじょう)に都を定めると、沃沮(よくそ)の者たちはみなその支配下に入った。


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第3世代(衛右渠)

衛右渠(えいうきょ)

生年不詳〜前漢(ぜんかん)の元封(げんぽう)2年(紀元前109年)没。祖父は衛満(えいまん)。

漢(かん)代の初め、燕(えん)から逃亡した衛満(えいまん)が朝鮮に国を建てて王(おう)となると、沃沮(よくそ)の者たちはみなその支配下に入った。

前漢(ぜんかん)の第7代皇帝・武帝(ぶてい)は、元封(げんぽう)2年(紀元前109年)に朝鮮を伐(う)ち、衛満(えいまん)の孫の衛右渠(えいうきょ)を殺すと、その土地を分けて4つの郡(真番郡(しんばんぐん)・臨屯郡(りんとんぐん)・楽浪郡(らくろうぐん)・玄菟郡(げんとぐん))を置き、沃沮城(よくそじょう)に玄菟郡(げんとぐん)の役所を置いた。


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【三国志人物伝】総索引