正史せいし三国志さんごくし三国志演義さんごくしえんぎに登場する人物たちの略歴、個別の詳細記事、関連記事をご案内する【三国志人物伝】の「え」から始まる人物の一覧⑫、広陵こうりょう袁氏えんし袁綏えんすい袁迪えんてき袁暐えんい袁曄えんよう)]です。

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凡例

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後漢ごかん〜三国時代にかけての人物は深緑の枠、それ以外の時代の人物で正史せいし三国志さんごくしに名前が登場する人物はオレンジの枠、三国志演義さんごくしえんぎにのみ登場する架空の人物は水色の枠で表しています。

広陵袁氏系図

広陵袁氏系図

広陵こうりょう袁氏えんし系図


この記事では広陵こうりょう袁氏えんしの人物、


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え⑫(広陵袁氏)

第1世代

袁綏えんすい

生没年不詳。徐州じょしゅう広陵郡こうりょうぐんの人。袁迪えんてきの父。

初平しょへい元年(190年)、広陵太守こうりょうたいしゅ張超ちょうちょう董卓とうたくの討伐に向かった時に、広陵郡こうりょうぐんの統治を預かった。

その後、朝廷に入り太傅たいふえん(属官)となる。


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第2世代

袁迪えんてき

生没年不詳。徐州じょしゅう広陵郡こうりょうぐんの人。父は袁綏えんすい。孫に袁暐えんい袁曄えんよう)。

戦乱を避けて張紘ちょうこうらと共に長江ちょうこうを渡り、江東こうとうに移住した。後ろ楯もなく貧しい境遇にありながら、

  • 豫州よしゅう予州よしゅう)・陳国ちんこく出身の陳融ちんゆう
  • 兗州えんしゅう陳留郡ちんちゅうぐん出身の濮陽逸ぼくよういつ
  • 豫州よしゅう予州よしゅう)・沛国はいこく出身の蔣纂しょうさん

らと共に陸遜りくそんの弟・陸瑁りくぼうを頼って苦楽を共にし、志だけはしっかりと守り通した。


第4世代

袁暐えんい思光しこう袁曄えんよう

生没年不詳。張紘ちょうこうらとともに長江ちょうこうを渡った袁迪えんてきの孫。

献帝春秋けんていしゅんじゅうの撰者。献帝春秋けんていしゅんじゅう隋志ずいしによれば10巻。ただし、隋志ずいし旧唐志きゅうとうし新唐志しんとうしなどでは作者を袁曄えんようとしている。

正史せいし三国志さんごくしに注を付した裴松之はいしょうしさんようこうさいの作者・楽資がくしと共に、

「結局どんな人物なのか分からぬが、その説の是非を識別する能力もなしに軽々しく筆をもてあそび、いい加減な異端の説を作ってそのちょしょ流行はやらせたのである。このようなたぐいのものは正に人の視聴しちょうあざむき、後世の人々をまどわせあやらせるに充分である。まことに史書における罪人であり、学問に熟達した人々なら問題としない書物である」

と彼を酷評こくひょうしている。



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